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誤解と偏見と嘘だらけの米中関係史

James Bradley著、The China Mirage: The Hidden History of American Disaster in Asia のレビュー。



 歴史と云うものが屢々誤解や偏見や、或いはあからさまな嘘によって動くことが多いのは周知の事実だが、本書は米帝が中国に対して抱き続けて来た幻想(蜃気楼)を明らかにすることによって、それがワシントンの対中政策をどれだけ歪めて来たのか、そしてそれが米帝自身の在り方をどれだけ損ない、中国のみならずアジア諸国にどれだけ甚大な犠牲を強い、何百万人もの命や生活を奪って来たのかを解き明かしたものだ。米国人が基本的に自国以外の事柄について救い難い程に無知であることは、目を開けている者ならば誰だって気が付くことだが(そしてそれは他の西側市民や名誉白人達についても多かれ少なかれ言えることだが)、彼等は他国を理解する為の努力をせず、他国の主権や文化や歴史や伝統や宗教や習俗に敬意を払わず、その癖他国に対してやたらと影響力を揮いたがる。中国が結局彼等のお気に入りの蒋介石の手に落ちずに、毛沢東率いる共産主義政権の支配下に置かれることが誰の目にも明らかになった時、米帝は傲慢にも”Who lost China?(我々が中国を失ったのは誰の所為だ?)”と云う問いを発したのだが、何故そもそも彼等が「中国は我々のものだ。中国がどんな未来を選ぶかは我々が決めてやるべきなのだ」と信じ込む様になったのか、本書を読めばその背景が理解出来る様になる。

 本書の記述はフランリン・デラノ・ルーズヴェルトの祖父であるウォレン・デラノから始まる。米国人の中国に対する初期のイメージを形作ったのは主に宣教師と麻薬商人達だが、彼等は清朝によって定められた区域から出ようとせず、中国語を学ぼうとも中国人を理解しようともせず、ひたすら自分達の商品(キリスト教とアヘン)を相手に押し付けることばかり考えていた(前者は全く成果を挙げられなかった)。それが帰国して東海岸のエスタブリッシュメント層で大きな勢力となり、「白人が善導してやらなければ自力では前へ進めない停滞したアジア人」のイメージを広めた。「門戸開放政策」の名の下で他国の経済や文化や政治体制を破壊することで利益を得ていた麻薬商人達にとっては、相手を「非人間」のカテゴリーに貶めることは、自らの行動を正当化する恰好の言い訳になっただろう。

 中国人の移民労働者が増えることで、米国人が現実の中国人と接する機会は一旦は増えたのだが、低賃金で勤勉に働く中国人労働者達に脅威を覚えた米国労働者達が差別的で暴力的な排斥運動をエスカレートさせた結果、中国人排斥法が成立し、米国人が中国人を知る機会は一気にまた極く限られたものとなる(他国の経済を破壊することで利益を上げながら、その国の人々が豊かさを求めて働きに来ると「自国の労働者を脅かす」と云う理由で排斥する、と云うパターンは、21世紀の今日でも欧米各国で起こっている。日本はまだ規模が小さいので外国人労働者排斥を主張している人は比較的少数に留まっているが、外国人労働者があからさまな差別的待遇を受けることが多いことはよく知られている)。これが中国に対する非現実的な蜃気楼を更に助長した。

 米帝の収奪的アジア貿易販路確保の一環として行われた開国によって(朝鮮戦争を抜きにして第二次大戦後の日本国を語るのが欺瞞でしかない様に、阿片戦争を抜きにして明治維新を語るのは欺瞞でしかないと思う)アジアの新興帝国として開花した日本帝国は、西洋と同じく帝国主義的拡張事業に乗り出し、朝鮮半島の支配を巡って日清戦争を起こした訳だが、更に十年後には同じ問題でロシアと対決することになる。伊藤博文はハーヴァード大卒の金子堅太郎を特使として米帝に送り出し、流暢な英語による彼のPRに感激したセオドア・ルーズヴェルトは、日本人が「極東のヤンキー」になりたがっていると信じ込み、日本にアジア版のモンロー・ドクトリンを勧める。米帝は朝鮮半島への日帝の拡張主義を最初に承認どころか推奨した西洋国となった。ここでもまた「西洋を追い掛ける東洋」と云う、西洋にとって心地の良い蜃気楼が働いていた。

 西洋化・キリスト教化された「ニュー・チャイナ」の蜃気楼は、孫文の支援者で、米国で教育を受けたメソジスト牧師のチャーリー宋(宋嘉澍)とその三人の娘(宋家の三姉妹)を通じて更に強化されることになる。長女の宋靄齢(孫文夫人の宋慶齢と蒋介石夫人の宋美齢の姉)と蒋介石の結託の結果生み出された軍事政権は、米国市民の世論を誘導する為にハーヴァード卒で流暢な英語を話すT.V.宗(宋子文)を送り出し、彼が米国内で作り出した強大な「チャイナ・ロビー」が、「キリスト教徒で自由と民主主義を愛する偉大な指導者で中国4億人の希望の星」なる、凡そ実像とは懸け離れた蒋介石像を広め、実際に中国民衆の支持を得ているのも日帝侵略軍と戦っているのも毛沢東の方だと云う現実を米国人の目から覆い隠した。現実の中国農民の実像とは懸け離れたパール・バックの小説『大地』が、「我が国の農民と何等変わらない、キリスト教徒ではないがキリスト教徒同然の、西洋的理想を追い求める高貴な中国農民」の蜃気楼を広め、中国への宣教師の息子ヘンリー・ルースの『タイム』等のメディア帝国が、これらの架空の中国像を増幅させた。

 ”The First Wise Man”ことヘンリー・スティムソンを筆頭として、ハーヴァード大卒の中国へは行ったことも無い国務省の「ワイズメン」界隈は、チャイナ・ロビーのプロパガンダを真に受けて次々に取り込まれ、どんどん誤った国際認識を育てて行った。蒋介石がファシストの詐欺師に過ぎないことを指摘しようとした中国通は次々と黙殺または排斥される憂き目に遭い、チャイナ・ロビーは「日帝との武器取引を止め、蒋介石に軍事的・経済的に支援しさえすれば、日帝の報復を恐れること無く、中国人達を助けることが出来る」と云う、米帝にとっても壊滅的な蜃気楼を信じるに至った。

 「祖父を通じて、自分は中国を多少は知っている」と思い込んでいたFDRやハル国務長官の様な一部の高官達はそれでも石油の禁輸を行えば日帝との開戦は避けられないことを予測して慎重な路線を選んでいたのだが、「右手のやっていることを左手には知らせない」と云うFDRの(祖父から受け継いだ)二枚舌政治が裏目に出ることになる。チャイナ・ロビーのプロパガンダをその儘なぞったワイズメンはFDRの対中国政策に対して度々叛乱を仕掛け、その度に大火になる度に鎮圧されていた訳だが、1941年当時国務次官補だったディーン・アチソンが到頭FDRがチャーチルと密会している間にそれに成功し、実質的に日本に対する石油の禁輸を成功させた。
日本を資源不足に追い込んだABCD包囲網の解釈については今でも議論が絶えないが、「米帝の石油の禁輸措置はFDRの意に反して行われた(しかもFDRは暫くその事実に気が付かなかった)」と云う点は興味深い。ブラッドレーは本書で「日帝との戦争は我が国にとって全く無用のものであり、回避出来たものだ」とする説を採用し、説得力の有る解説を試みている。

 同じ様に毛沢東に関する無理解が、軍産複合体の強大化を招くことになる朝鮮戦争を開始させ(DPRKや中国の方から戦争を始めた訳ではない)、ホー・チ・ミンに対する無理解が、同じく壊滅的な結果を招いたヴェトナム戦争を始めさせることになった。また毛沢東を支援しなかったことは結果的に抗日戦争を長引かせ、蒋介石に対する支援を継続したことは結果的に抗日戦争時代よりも更に血生臭い、これまた全く無用で避けられた筈の内戦で中国全土を引き裂くことになった。米帝の無知と傲慢が如何にアジア諸国に数々の惨劇を引き起こして来たのか、ブラッドレーが活写するその愚か過ぎる内幕には呆れ果てる他無い。


 無知な者の善意と悪意は屢々区別が容易ではないが、本書は基本的に「アメリカ人は善意だが無知で傲慢であるが故に過った」と云うスタンスで書かれている。だがそこに本当に明白な悪意と呼べる様なものは無かったのだろうかと少し疑問に思う。特に蒋介石と毛沢東関連の事柄についてはもっと触れられていない裏事情が有ったのではないかと憶測を巡らせたくなる。ブラッドレーの記述に寄れば、嘘の根源は宋靄齢=蒋介石であって、米国人達はひたすら騙されていただけだ、と云うことになっているが、後年のCIAの中国共産党デマの数々は米国人が意図的に作り出した嘘だ。今の例で言えばウイグルのジェノサイドだの香港の民主化弾圧だの台湾への軍事的圧力だのチベット弾圧だの南シナ海での軍事的挑発行動だの一帯一路構想に於ける「債務の罠」だの、まぁ一般市民は単に無知だから騙されているだけなのだろうが、こうしたデマや歪曲情報を広めている連中は自分達が嘘を吐いていると自覚している筈だ。第二次大戦前にも同様の秘密工作は行われていなかったのだろうか。また1930年代に行き詰まった資本主義を共産主義た高まる一方の労働者の抗議から救済する策としてファシズムがもてはやされ、欧米各国で強硬な全体主義的政策が採用された訳だが(米帝でも労働者の抗議行動の弾圧は屢々暴力的だった)、果たしてこれは共時的な偶然だったのだろうか。蒋介石は明らかにファシスト陣営、親資本主義陣営の人間だが、本書では扱われていない彼に対してウォール街や大企業はどう動いていたのだろうか。西洋各国に於ける反共主義の苛烈さを考えると、毛沢東に関する意図的な世論誘導等は行われていなかったのだろうか。深読みをし過ぎるとまぁ所謂「陰謀史観」に堕してしまう訳だけれども、本書は些かその点で被害者史観で満足してしまっている印象を受ける。残された宿題がまだまだ有りそうな気がする。
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川流桃桜

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