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「西洋」的価値観至上主義の虚妄を明らかにする痛快な一撃。読むべし!

デヴィッド・グレーバー著『民主主義の非西洋起源について:「あいだ」の空間の民主主義』のレビュー(2021/10/19に投稿したものだが2023/07/17に若干改訂した)。



 近年資本主義諸国の大手メディアや政治家等が声高に「民主主義」を叫ぶ時、それは決まって政敵や経済的侵略の獲物となる国々を攻撃する為の殺し文句である。西洋諸国が「自由と民主主義と云う価値観を共有する」ものとして自分達を同定する際、その中身は帝国主義や旧・新植民地主義、新自由主義と全く区別が出来ない。彼等が他国の「独裁者」や「権威主義体制」を非難する時、それは民主主義的価値観とは何の関係も無い。それは要するに相手国が自分達の覇権主義的な野心にとって障害となることを表明しているに過ぎず、逆に自分達の野心にとって都合が良く、自国を西洋の金融資本に差し出す様な売国的指導者や政府は、それが公正な選挙を否定していようとジェノサイドをやらかしていようと民衆を弾圧していようと人身売買や拷問等の人道犯罪を繰り返していようと、「民主主義のチャンピオン」だと呼ばれる。「民主主義の理念や民主化運動のイメージの兵器化」は元々帝国主義者が愛用する内政干渉の常套手段だったが、CIAがそれまでの他国介入作戦から一旦距離を置き、NED等のフロント組織にアウトソーシングを始めた1980年代以降、全世界に拡大した。あからさまな嘘と二重基準に基付くこの倒錯した戯画的光景は、西洋諸国では最早有り触れたものとなり、日々の国際「ニュース」の紙面を飾っている。旧植民地諸国に於ては、90年代末からの一連の「カラー革命」と、2010年からの一連の「アラブの春」によって、アメリカ帝国やNATO諸国が人工芝運動を使っての内政干渉を繰り返していることは或る程度周知の事実として定着しつつあるが、西洋諸国の殆どの市民はこの事実に今だに気が付いていない。

 寡占が進んだ大企業メディアが物の草の根運動を好意的に取り上げることは最早無い。それらが「草の根運動」だと主張する数々の運動は、それがヴェネズエラや香港やミャンマーやベラルーシの「民主化運動」であろうが、シリアの「穏健な反乱軍」であろうが(中身はアルカイダやISISやその同類だ)、或いはグレタ・トゥーンベリの気候変動キャンペーンであろうが、全て帝国主義勢力や新自由主義勢力がバックに付いている人工芝運動である。本物の草の根運動は黙殺されるか(2020年と2021年にはインドで2億5,000万人が参加した、モディ政権の新自由主義政策に反対するゼネストが行われた。これは人類史上最も大規模な草の根運動と言えるだろうが、それについて知っている西洋市民が果たしてどれだけ居るだろう?)、中傷されるのがオチである(ロックダウンや人類史上最悪の医原性災害であるCOVID-19ワクチンに反対する人々がどんな扱いを受けているか見るが良い。まるで狂人の群れである)。

 そんな認知的に囲い込まれた状況の中、帝国主義諸国はまるで自由や民主主義や人権思想が自分達の専売特許であり、他国にはどれだけ民意を汲み上げるシステムが備わっていようと、それらには一切語る価値が無いかの様に振る舞っている(どんな世論調査を見ても、世界中自国民に最も支持されている政府は中国政府である。米国や日本等の劣等生に比べると支持率はその3倍に近い)。この思い上がりは昨日今日始まったものではなく、広義でのオリエンタリズムの長い系譜の延長線上に出現したものだが、グレーバーはこの本でその起源を簡潔に、しかし大胆に掘り起こして行くことによって、「西洋的価値観」なるものの空疎さをラディカルに炙り出して見せている。

 「西洋」―――グレーバーはこの言葉が実質的に意味を持つ様になったのは第一次世界大戦後だと断じているので、この本で用いられている表現に言い換えれば「北大西洋世界システム」―――はその歴史から言って、寧ろ「人民の自己統治」と云う民主主義的価値観を繰り返し否定して来た側である。現代でも例えば先述した様に第二次世界大戦後のアメリカ帝国が文字通り全世界に覇権を確立すべく、自国の地政学的野心に逆らう他国の主権を悉く否定して来たことにもその傾向は顕著だが、そもそも「民主主義」と云う言葉が肯定的な意味合いを持ち始めたのは精々19世紀中頃からに過ぎない(それまでは主に侮蔑語として使われていた)。エスタブリッシュメントの従来の歴史家達はそれでも何故か「民主主義的価値観の西洋起源」説に固執する。グレーバーはそれを、彼等が文字記録偏重の弊に陥り、民主的実践が往々にして文字記録を伴わない場で発生すると云うことを認識していないからだと論じている。それらは小さなコミュニティに於て、或いは多文化が出会う場に於て、その場その場の状況に応じて「即興で」実践される為、後世の歴史家達には永遠に知られない儘かも知れない。だが記録が残っていなかっと云うことは、そうした実践が行われなかったことを意味する訳ではない。グレーバーは民主主義的実践を、推測出来る限りではあるが、18世紀の海賊やインド洋のイスラム教徒達の貿易圏、北米イロコイ諸族の一種の連邦制や南北アメリカ大陸のフロンティア社会等々の場に見出し、自由主義や個人主義、平等主義や寛容の精神等の諸々の「西洋的」価値観が寧ろ北大西洋世界システムとそれらとの邂逅に触発されて育まれて来たことを明らかにする。文字として書かれた理念ではなくその実践形態に着目した場合、民主主義とは寧ろ世界中の文化に於て極く有り触れた現象なのだ。「民主主義国家」を名乗る西洋諸国は精々が共和国家に過ぎず、近代国家システムとは寧ろ自発的な民主主義的合意形成プロセスを抑圧するものとして現れる。

 グローバルに張り巡らされた現代の巨大なプロパガンダシステムと同様、文字文献とそれを読む文化によって演出された偽りの優越性に立脚する「西洋の普遍的価値観」に関する諸議論は、この短いながらも強烈な一冊によって殆どが粉砕されるだろう。歴史上実在した現実の投票制の先例を担っていた主体が戦士や武器を持った市民であったことを知った後では、熟議による合意形成に比べて多数決とは所詮は数にものを言わせた暴力であり、何と野蛮な仕組みなのだろうと思わずにいられるだろうか。「西洋」の自己イメージの変遷を再確認した後で(そして現在の誇大妄想的とも言える現実から懸け離れた自負を振り返ってみた後で)、「西洋」とは本当にそれ程素晴らしいシステムだったのだろうかと再考せずにいられるだろうか。「フランス語版のためのまえがき」でアラン・カイエが「グレーバー最良の仕事」と云う評価をこの小著に下しているのも頷ける。西洋至上主義に疑問を抱きつつ考察のヒントを探している読者にとってはうってつけの作品だ。

 但しカイエも指摘している様に明確な限界を感じないでもない。「即興」の自己組織的な合意形成プロセスを重視する著者のアナーキスト的立場は理解出来るものだが、それが国家システムと両立不可能であり、「民主主義的国家」が殆ど語義矛盾であると云う結論に対しては、同意を躊躇う読者も多いのではないだろうか。決定された事柄を構成員全員に強制する暴力装置が存在する所では、真の自発的合意形成に疑問符が付くであろうことまでは異論は無い。だが、暴力装置無しでこの複雑怪奇な現代文明が維持出来るのか、膨大な人口を抱えた現代社会を、自己組織的な即興の積み重ねだけで本当に運営出来るのか、国家を疑問視した後のヴィジョンがこの本からは見えて来ない(そこまで期待するのは甘え過ぎなのかも知れないが)。グレーバーは問題と直接対決するのを回避している様にも見える。

 本書ではサパティスタ運動が新たな解放の事例として挙げられているが、例えば米国からの経済制裁によって経済が破壊されたヴェネズエラでは、草の根のコミュニティ運動によって生活を再建する試みが多数行われている(企業メディアはヴェネズエラを独裁国家だの何だのと好き放題に言っているが、ヴェネズエラは世界で最も先進的な民主主義的実験を行っている国のひとつである)。同様の事例は同じ被害を被っているシリアやイラン等にも見られる。が、これによって経済制裁自体が何とかなる訳ではない。飽く迄対症療法である。制裁を終わらせるには、まだまだ軍事力や警察力の裏付けの有る国家の役割が欠かせないのではないかと思う。どんな国家も真空の中に存在している訳ではない、「自由と民主主義」の名の下に全世界を支配下に置こうとする狂った連中は、長年植民地等に対して行って来た仕打ちを最早自国民に対しても堂々と行っている。これに抵抗する為には、国家の力を借りなければならない場面も必ず出て来る。国家権力を援用する為の創意工夫の考察を抜きにして、現状で有効な抵抗・解放運動を語ることが出来るのかどうか、私は疑問に思う。

 尤も、この懸念自体、既に時代に遅れている可能性も有る。「西洋」的優越の極北とも言うべき現在の所謂「グローバリスト」達は、既に国家を超える権力のネットワークを縦横に張り巡らし、資本主義システムを再編・再起動して全世界を新たな封建制度社会へと作り変えようとしている。ひょっとしたらもう余り時間は残されていないかも知れない。

 尚、この本は出版早々入手困難になってしまった様で、古本にはどえらい値段が付いている。出来るだけ早急に復刊を希望する。
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川流桃桜

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