スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

対話に最後通牒は無い。~安倍昭恵氏の沖縄・高江訪問について

 現在安倍政権による弾圧が続いてい沖縄・高江の基地建設反対派の住民の方々のテントを、安倍晋三氏と婚姻関係に有る安倍昭恵氏が三宅洋平氏に伴われて訪問した件について、もう少し書いてみようと思います。現時点で入手し得る最も詳細な報告はIWJの以下の記事です。

【速報!】「現場で何が起きているか知りたかった」安倍昭恵・総理夫人が沖縄・高江を訪問!~新ヘリパッド強行建設工事に反対する市民からは戸惑いの声――IWJが追ったその一部始終 2016.8.6

 先ず以下の動画を見て下さい。三宅氏は、昭恵氏をテントに連れて来ることについて、事前に代表者の山城博治の了承を得ていると主張しましたが、山城氏の主張からは、両者の意思の疎通が不十分だったか、或いは齟齬が有ったことが伺われます。

 山城博治 昨日8/6の安倍昭恵の訪問ほか 中継iwj okinawa1



指摘その1.本土の人間の殆どには情報が伝わっていない、と云う前提で動くべき。

 この山城氏のコメントについて、2点指摘したいことが有ります。先ず1分過ぎの辺りから、昭恵氏から晋三氏を諌めると云うコメントが欲しかったと仰っていますが、「ただ見学に来た」「挨拶は無しで」と断っている相手に向かって、最初から結論有りき連帯を求める姿勢は、ともすると相手を拒絶する姿勢とも受け取られかねません。対話は先ず相手の言うことを理解しようとする努力から始まります。その最初のステップを踏もうとしている相手に向かって、いきなり性急に「もう解っているだろう、味方してくれ!」とお願いしたり、それに対して相手から積極的な反応が無いことを以て「やはりこちらからは受け入れられない!」と云う態度を見せたのでは、話が先に進みません。民主主義とは単なる結論同士のぶつけ合いではない筈です。

 昭恵氏がどれだけ高江の問題について知っているかは私は知りませんが、少なくとも、日本本土の人間の、高江に関する関心と知識は総じて低いものと考えておいた方が良いと思います。長年、沖縄を差別し軽視する習慣がすっかり染み付いてしまっていますし、マスコミは最近では寧ろ積極的に問題を無視しようとします。全国的な世論調査は見たことが無いので以下の記事を挙げておきますが、この調査では回答者47人中、実に46人が、「高江を知らない」と答えているのです。日本人の圧倒的大部分は、今、高江で何が起こっているのか、その何が問題なのか、全く知らないと云う前提で物事を考えた方が良いと思います。

 「高江」を知っていますか? 意識高い系・杉並の市民に聞いてみた

 私は所謂「意識高い系」の市民ですので、マスコミが報じなくとも、普段から「防衛局や機動隊の無法行為はけしからん!」「高江は、日本の民主主義を守る闘いの最前線だ」と熱くなっている訳ですが、私の様な人間ですら、先月の7.11(参議院選挙の翌日、建設再開の動きが始まった日)以降に初めて知ったことは沢山有ります。昭恵氏が三宅氏から紹介されて観たと云う『標的の村』も、私はつい最近まで知りませんでした。知らないことについては義憤を感じ様が無いし、連帯の仕様も無い。高江の現場に集まっている方々は、高江の問題に関しては勿論十分な知識を持っているでしょうが、日本人の大多数はそうではないのです。知識が広く共有されていないのです。

 ならば、この運動を日本全国に広げようと思うのであれば、先ずは情報の共有と拡散が必要の筈です。恐らく高江から出たことの無い方々や、高江を中心にしか動いていない方々は、その辺の感覚が本土の人間と大分ずれていると覚悟しておいた方が良いでしょう。その意味では、三宅氏の様に、現場にも行くけど、他にもあちこち足を伸ばすフットワークの軽い協力者の存在は貴重です。現場に足を運ぶことだけが運動ではない。本土に拠点を置いている人間が、高江を訪れて、自分の目で見て、聞いて、感じたことを本土に持ち帰ってくれることは、仮令それがどの様な立場の人であったとしても、歓迎すべきなのではないでしょうか。

 基地建設に賛成する人であっても、いや寧ろ基地建設に賛成する人こそ、先ず高江のキャンプを訪れてみるべきですし、またキャンプの方々は出来ればそうした人々にも積極的に門戸を開いて頂けないだろうか、と云うのが私の考えです。仮に昭恵氏ではなく、安倍晋三氏本人が高江のキャンプを訪れたとしたら、反対派の住民の方々はどうなさるのでしょうか。追い返すのでしょうか、石を投げるのでしょうか、それとも1%でも対話の可能性が拓けることを信じて、自分達の主張を平和裡に、しかし断固として彼に伝えようと努力するのでしょうか。

 安倍政権が正面から対話を拒否する姿勢を崩さないことは、誰が見ても明らかです。ですがこちらからそれに呼応する形で対話を拒否してしまったのでは、相手の思う壷です。後は最終的に武力闘争にエスカレートするまで、ひたすら力と力の応酬になります。その様なシナリオを、高江にお住まいの方々や、今高江のことを心配している方々は望むのでしょうか。仮令空しいポーズに終わるかも知れなくても、そこに対話の可能性が1ミリでも見出せるなら、民主主義社会を擁護する者としては、その可能性を頭から否定することは、してはいけない筈です。あらゆる手を尽くして対話の可能性を探るのは、民主主義社会に於ける闘争の基本です。結果を求めたい気持ちは誰でも一緒ですが、一足飛びに連帯を求めようとしても無理なのです。先ずは手順を踏まないと。



指摘その2.昭恵氏が「安倍晋三氏と婚姻関係に有る」と云う理由で排除されるのであれば、次は誰が?

 2点目。30過ぎから、昭恵氏が晋三氏の連れ合いであるから、一人の市民としては認められない、と云うことを仰っています。ですが日本に於て首相夫人、所謂「ファーストレディ」と云う存在は、公的な制度として確立されたものではありません。近年は昭恵氏の行動が目立つので、「何かファーストレディぽい」と云うだけの理由で「ファーストレディ」と呼ばれているだけです。彼女は政治家でもありませんし、公務員でもありませんし、何を代表している訳でも、何の責務を負っている訳でもありません。勿論高江の弾圧の決定を行ったのは彼女ではありませんし、「現首相の妻」(実態は仮面夫婦だと云う報道も有りますが)と云う肩書きだけで彼女が責められる謂れは無い筈です。

 勿論、彼女自身が高江の弾圧を擁護する発言を繰り返していたり、晋三氏に弾圧を進言していた場合には話はまた違って来ますが、今のところそうした情報は伝わって来ていませんし、彼女自身の何等かの具体的な言動が高江の弾圧に直接繋がっている訳ではありません。実際、今回彼女の行動を非難している人達の言い分を見てみても、その殆どは、彼女自身の言動によってではなく、彼女が現首相と婚姻関係を結んでいる人間だから、と云う理由で彼女を裁こうとしています。その人自身の言動ではなく社会的属性によって判断を下すのは、平等主義の精神に反します。その人自身の独立した個としての人格を認めていないと云うことです。

 何か犯罪事件が起こった時に、容疑者の家族が涙ながらに世間様に向かって謝罪をする、と云う風景が連想されます。自民党は先の東京都知事選で、小池百合子氏を支持した者はそれが親戚であっても除名する、などと云う前近代的な馬鹿気た布告を出して一部の市民の失笑を買いましたが、あれと同じ様な愚行を、民主主義を守って闘う側に居る筈の人間がわざわざ自分からやらかす必要なんてこれっぽっちも無い筈です。安倍昭恵氏は公人ではありません、公人と家族関係に有る多少有名な私人にしか過ぎません。

 1.で指摘した件に関しても、恐らく「彼女は普通の人より権力に近い立場に居る人間なのだから、一般の国民よりも、予め高江の問題について詳しい知識を持っていて然るべきだ」と云う批判が有り得るでしょう。彼女が安倍晋三氏に「近い」のは飽く迄私的な関係であると云う点は私的しておかねばなりませんが、それを措いたとしても、そう主張する方々は理解しておられるでしょうか、そうしたことを言い始めるのであれば、事態がここまで悪化するまで沖縄を巡る差別構造を放置し続けて来た日本本土の一般市民全員が、消極的共犯者であるとも言えることを。

 弾圧者に対して私的に近しい関係に居るのに、その問題に関して何も言わないでいるとしたら、確かにその人はその不作為の責任を問われるべき理由を持つことになります。ですがそれは程度問題なのです。昭恵氏がその不作為、詰まり弾圧への消極的加担の故に責められるべきだと言うのであれば、それは原理的に、今高江で機動隊と衝突していない日本人全てについても言えることなのです。私が今ここでこうしてこんな記事を書いているのも、ひとつにはそうした後ろめたさを、嫌な程に自覚しているからなのです。昭恵氏が排除されて然るべきだと言うのであれば、私の様に日本本土でこうやってブログやSNSで情報を拡散したり、機会が有れば周囲の人間に話をしてみたり、たまに空いた時間にデモをする程度の人間は、若し仮にこれから高江に行ったとしても歓迎されるのでしょうか? 座り込みのひとつも経験していない本土の人間なんて駄目だ、帰れ!と言われるのでしょうか?

 それでは連帯は広まり様が有りません。自分達から自分達を分断する様な真似をするべきではないのではないでしょうか。互いの違いを乗り越えて、対話を通じて共闘出来る部分を何とか探るのが、民主主義を奉じる市民の本来の闘い方でしょう。その為には相手を先ず一個の独立した人格、互いに対等な一市民として認めることです。相手の属性を見てそれを頭ごなしに拒否していたのでは、結局は民主主義の自殺に繋がります。先の都知事選でも、出馬を取り止めた宇都宮健児が密室的な今の市民運動の体質について批判しておられましたが、あれも似た様な問題です。閉鎖性は連帯の拡大と持続にとっては敵であると言えるでしょう。民主主義社会を私達の手に取り戻す為に目指すべきは、可能な限り開かれた運動ではないでしょうか。

 「日本の市民運動はもっと利口になれ」宇都宮健児氏、都知事選を振り返る



もっと心をオープンに。

 今直ぐこの状況で昭恵氏が晋三氏に何か言えるとか、言って何かが変わるとは私も考えていません。ですがどうせ変わらないなら、試してみたって良いことは有る筈です。今回昭恵氏の訪問を非難している方々は、どうかその絶望しか見えないかも知れない光景の中に、一縷の希望を見出す努力をしてみて貰えないでしょうか。どうせ実らないからと云って種を播かずにおけば、何も実り様が有りません。

 無論、昭恵氏が想像以上に策士で、今回の訪問も全て晋三氏は承知の上で、安倍政権の仕込みによって行われたのであって、後日安倍政権を擁護する為の「ガス抜き」としてのプロパガンダに利用される、と云う可能性は考えておかないとなりません。結局オバマ氏の広島訪問の様に、真逆の実情から大多数の国民の目を逸らさせる為の目くらましにかならなかった、と云う結果に終わるのであれば、その時は今回私も含めて三宅氏を支持している人達は、自らの状況判断の甘さを反省しなければならないでしょう。「敵」の狡猾さを見抜けなかったとしたら、その責任はきちんと引き受けないといけません。

 その上で改めてお願いします、自分達を分断し、傷口を拡大することに繋がる様な言動をする前に、少し立ち止まってみて下さい。「敵」を一人の個人として、独立した人格として捉える努力をしてみて下さい。民主主義を守ると云う名分の下に民主主義を破壊するかも知れない可能性についての考えを、常に頭の片隅に入れておいて下さい。ナイーヴ過ぎると云う批判は覚悟の上ですが、対話に最後通牒を作ってしまってはいけないのです。

 最後に、三宅洋平氏のメッセージを確認する為の動画をひとつ挙げておきます。昭恵氏訪問の前日にアップされたものの様です。

 三宅洋平にケチつける泰 真実
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

川流桃桜

Author:川流桃桜
怪奇幻想サイト『k-m industry 〜黒森牧夫の幻視風景』編集者。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
フリーエリア
最近のお薦め
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。