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国会前デモに対する警察の過剰警備に関する短いメモ

 09/14(月)の国会前のデモのことなのだが、警察はまたしても鉄柵で国会前を封鎖すると云う明らかな過剰警備を行い、デモに詰め掛けた人々が歩道に閉じ込められ、ぎゅうぎゅう詰めで危険な状態に陥ると云う事態を招いた。結局は08/30(日)のデモと同様、鉄柵は決壊し、ようやっと国会前の車道に人が溢れると云う結果になったのだが(ひょっとしてこれは19時のNHKのニュースに、車道が人で溢れている画像を出したくなかったからではないか、と云う邪推のひとつもしたくなる愚行だ)、ネットでは再び、例えば「#鉄柵どけろ」等のハッシュタグを見ると判る様に、「警察の設置した鉄柵を突破したのは怪しからん!」と云う、デモの参加者を非難する安倍支持派の声が溢れている。まぁ相変わらず安倍陣営は学習しないなーと云うのが正直な感想なのでいちいち相手をして反論する気にもなれないのだが、デモ支持派の中にも、鉄柵突破は正しいことなのかいけないことなのか、いまいちはっきり説明出来ない人も居る様なので、自分用の備忘録も兼ねて、簡単にメモを記しておく。



 先ず08/30(日)のデモに於ける警察の過剰警備について、具体的に次の様な抗議や追及が為されている。

8月30日の警備について、および今後の国会周辺での抗議行動についての申し入れ
‪【参・外交防衛委】藤田幸久(民主)「国会前抗議行動の警察の過剰警備に関して」20150910‬


 他にも有るが、取り敢えず基本的論点を押さえた上記2つにしっかり目を通しておけば、余計な混乱は大分省くことが出来ると思う。上記の主張は、ではどう云った法的根拠に基付くのか。これは反対派の主張を検証して行った方が話が早いだろう。ネットに溢れる殆どのデモ批判者の声は、「警察の決めたことに逆らうなんて、あいつらは無法者だ!」と云う、脊髄反射的な単なる罵倒なのだが、例えば東京都議会議員のおときた駿氏は、或る程度筋道立てて批判をしている。

国会前デモは、そもそも『デモ』ではなかった?!「表現の自由」で、公道の占拠は許されるのか

 「警察の決めたことは守らなきゃダメ! だってこれこれの法律でこれこれこう云う風に定められているから!」と彼が挙げているのは、悪名高い東京都の公安条例。どんな代物かと云うと、こんな代物。

集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例

 見れば判る通り公布が「昭和25年」と何とも実に古い条例なのだが、お察しの通り1950年は朝鮮戦争の年。これはGHQがアメリカの意向に逆らう異分子を弾圧する為に作ったルールなのだ。そもそもこれは違憲ではないかと云うことが過去に何度も裁判で争われていて、今のところ違憲判決は出ていない様なのだが(日本の裁判では取り敢えず違憲判決は出さないのが暗黙のルール。司法関係者はきちんと三権分立に基付いて仕事して下さい)、最近では2009年の麻生邸見学ツアー参加者の不当逮捕事件でも争われていて、運用する者の判断や裁量に依っては濫用の可能性が高く、極めて問題の有る条例だ。

麻生邸リアリティツアー事件国家賠償請求訴訟団
麻生邸RT事件国家賠償請求訴訟団‪@asoukokubai‬


 なので東京都の公安条例を若し法的な根拠として持ち出す為には、当日のデモが「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」であることを立証する必要が有る。

 但し先に一言断っておくと、事前に公安に対して申請しているかどうかは、この際一義的な問題ではない。第六条を見てみよう。

 「第六条 この条例の各規定は、第一条に定める集会、集団行進又は集団示威運動以外に集会を行う権利を禁止し、若しくは制限(略)する権限を公安委員会、警察職員又はその他の都吏員、区、市、町、村の吏員若しくは職員に与えるものと解釈してはならない。」

 詰まり、仮令無申請、無許可のデモであっても、それ自体を理由にしてそれを禁止したり制限したりする権限は何処にも無いのだ。問題はデモが具体的に「公共の安寧」を乱すかどうか、「公共の秩序」に反するかどうかなのだ。



 公道の占拠によって乱される公共の秩序と言えば、まぁ常識的に考えて交通秩序のことだ。車が通れなくなって困るじゃないかと云うこと。だが国会前に行ったことの有る人なら判る様に、あそこは国会が開かれる前後は例外として、通常は殆ど無人地帯で、車も殆ど通らない。

 08/30(日)の場合は、安倍支持派が盛んに「誰も居ない議事堂に向かって叫ぶのか」と冷やかしてくれていたが、彼等の御丁寧な御指摘の通り、あの日国会は開かれていない。議事堂には誰も居なかったのだ。まぁ設備等の維持管理の担当者や、警備や清掃担当者は居たかも知れないが、居たとしても問題となるのは出入りする極く一部の時間帯だけで、デモの時間帯と被っていたとは常識的に考え難い(普通日曜の昼下がりにシフト交替とかする?)。要するに、国会前の車道を占拠して困る人なんて殆ど居なかっただろうと推測出来る(まぁ物好きな観光客とかが居ないとも限らないので「殆ど」と留保条件を付けておく)。

 09/14(月)の場合は多少事情が異なる。車道に車は存在しいてた。私が各地の実況から確認出来た限りでは、当日走っていた車は3種。1)物々しい機動隊の装甲車。2)右翼の街宣車。3)デモの参加者を乗せたタクシーやバス。1)と3)についてはデモの関係車両なので除外して良いだろう。問題は2)だ。常識的に考えれば、右翼はデモに対する嫌がらせをする為に走っていたと考えるのが妥当だけれども、まぁこの日は何故か何時も走っている靖国通り界隈から気分を変えて、特に理由は無いのだけれども違う道を通ってみようかと云う気にふとなったのかも知れない。その場合、デモの批判者達が守るべき「公共の秩序」とは、具体的には右翼の街宣車が走る自由と云うことになる。それで良いのか? ………まぁ、右翼にだって表現の自由は有る。だとすれば後は権利と安全のトレードオフだ。あの場合、鉄柵封鎖を続けていれば、狭い場所に無理矢理押し込められたデモ参加者は転倒等の危険な状況に陥る可能性が有った。とすれば、数台の右翼の街宣車が周回する自由と、4万人が怪我をする危険性を天秤に掛けなければならない。無論私なぞに判断する権限が与えられている訳ではないが、この場合どちらを優先すべきかと問われれば、そう悩む必要の有る問題とも思えない。道義的にもそう複雑な問題ではないし、実際問題として4万人を実力で押し止めておくより、僅か数台の街宣車に少し回り道でもしてくれないかとお願いをする方がずっと簡単だ。



 無論、この程度の理屈は警察だって理解していない訳ではない。寧ろ、自分達が危ない橋を渡っていることは、彼等自身が重々承知していることだろう。09/14(月)のデモで出た逮捕者はたった1名。60代の女性が40代の機動隊員と揉めたとか云う、悪い冗談なのか何なのか良く解らないトラブルが有っただけだ。若し鉄柵突破が、デモを非難する人達が主張している様に本当に重大な法律違反なのだとしたら、警察には4万人を逮捕する責務が発生する筈だ。可成りの数の機動隊員も駆り出されていたので、現行犯逮捕なんてそこら中でやり放題だっただろう。まぁ現実的に4万人は難しくても、「主催者、指導者又は煽動者は、これを一年以下の懲役若しくは禁錮又は三十万円以下の罰金に処する。」とちゃーんと条文に書いてあるのだから、主催者達や、最初に鉄柵を破った人達に対しては逮捕状が出ていないとおかしい。それをしていないと云うことは、それが法的にヤバいことだと警察も自覚しているからだ。どうもその辺の単純な事実に想像力が及んでいない人が多くて実に辟易するのだけれども、はっきり言ってこの手の不毛な非難の応酬はさっさと終わらせてしまいたい。

 ここまで書いてもまだ理解してくれない人も居るかも知れないので念押ししておこう。国会前デモに対する警察の鉄柵封鎖は、その危険度に比して法的な根拠が極めて乏しく、合理的な理由も怪しい。ならばこれが一体誰の権限で、どの様な判断で、何を根拠にして行われたのか、市民には追及する義務が有る。



 暴力装置がその実力を行使する際、その運用が適切なものであるか監視するのは、市民としての当然の責務だ。それを単に「警察がやっていることだから従わなきゃダメだ」などと憤るのは、ひたすらお上の権威を有難がることしか知らない思考停止に過ぎない。盲目的な権威主義は、ファシズムへの近道だ。そして権力に盲従するのは、平和ボケした無責任漢のやることだ。安保法案反対のデモが気に食わないなら、安保法案賛成のデモでも何でもやれば宜しい。安保法案反対デモの支持者の多くは文句なんか言わないだろう。過去のヘイトデモ等の数々の実績を見る限り、警察は寧ろ弾圧するより守ろうとするかも知れない。仮にそんなことになった時、その非対称的な対応を見て何も感じないのであれば、その人は民主主義社会なんか、本当は嫌いなのだろうと言うしか無い。
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川流桃桜

Author:川流桃桜
怪奇幻想サイト『k-m industry 〜黒森牧夫の幻視風景』編集者。

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