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「デモに参加すると就職出来なくなる」と云うデマについて、怒りと軽蔑を込めて。

 最近、安保法案に反対する学生団体SHELDsの国会前デモが盛んになるにつれて、「デモなんかに参加すると就職が出来なくなるぞ」と云うデマがネットでまことしやかに喧伝される様になって来たけれども、今日はこの記事を或る程度まで参考にして、少し雑感を述べてみようと思う。

 先ず、こうしたデマが一定の真実性を獲得してしまう背景について。憲法で保障された立派な国民の権利であり義務である抗議行動を理由に、企業がその参加者を採用しなかったりすると云うのは明らかに差別行為で、これが社是として堂々と公開されていれば、その企業は社会的生命が危ぶまれる位の醜聞を巻き起こすことは目に見えているのだが、そうした不当行為が「真実」として囁かれる(と云う程小さな声でもないか?)のは、「仮令建前では差別をしないことにはなってはいても、実際に採用する人間は腹の中で何を考えているか判らない。実際には差別なんて白昼堂々と横行している。それが『現実』と云うものだ」と云う想定が、一定の説得力を持って受け容れられているからだろう。何のことは無い、これは今だ続く企業優位の買い手市場を盾に、企業は非雇用者の人権などお構い無しに、自分達の好き放題に振る舞えるのだ、と云う絶望的現実認識の裏返しだ。

 今回の「就職出来ないデマ」を拡散している人達は、少なくとも自分達もそうした現実認識の中で暮らしていると考えられる訳で、その様な世紀末無法地帯の中で暮らしていれば、そりゃあ息苦しくもなるだろう、少し目立った出る杭を打ちたくなる程ルサンチマンも溜まるだろう、と思う。その様な人達に対しては怒りを覚えるよりも、寧ろ哀しく感じたり気の毒に思ったりするのが適当ではないかと思うのだけれども、彼等はその様な「現実」に対して苦々しく思って抵抗したり我慢したりする訳ではなく、そうした「現実」を武器にして自分達より弱者(だと思っているであろう若者達)を脅して楽しんでいる訳だから、或いは軽蔑や呆れたりするのが相応しいのかも知れない。

 また彼等は「デマをすると~」と言っている訳だが、今回は安倍政権に反対する人達だけでなく、安倍政権を支持する側の人達もデモを実施している。彼等の中に若者が何人含まれているか知らないが、寡聞にして、「安保法案賛成!」と叫んでデモを行う人達に対して「就職出来なくなるぞ!」と脅しが掛けられたと云う話はまだ聞いたことが無い。これはデモと云う行為自体に問題が有るのではなく、どちらの側についてデモをやるかの方が彼等にとって問題で、琴線に触れるからなのではないか、と云う推測が出来る。この辺からは、このデマ戦略が権力批判者に対する攻撃の一手段でしかない、と云う側面を読み取ることが可能だ。

 デマ扇動者達の想像力の非対称性も気になる。彼等は、公安や企業が、SNSのアカウントや写真を手掛かりに、デモ参加者達の個人情報を握るのではないか、と脅しを掛けている訳だが、公安や企業が若し本当に、数万人もの参加者を相手にそれだけの手間隙を掛けるだけの気力と能力を持ち合わせているのであれば、彼等の方こそ、自身の呟きから自分達の身元を探られる可能性は無いのだろうか、と云うことを想像してみるべきだと思うのだが、そうした形跡は一切見られない。

 「俺は採用担当者だけど、デモやる奴なんて採らないよ」とSNSで公言している人達は、彼等自身が若者達に勧める用心を自分達自身でしている様には見えない。Facebookの様な実名公開のSNSであればその人が勤める企業が特定される事態も十分有り得るし、Twitterの様に仮名でも良い場合でも、突き止める方法は無い訳ではない。公安や企業が驚くべき調査能力を持ち合わせていると想定するのであれば、ネットを使いこなせる若者達の方にだってそれなりの能力を持っている者は居る、と想像していけない理由は無い。

 正式なルートでなくても、アノニマスの様なハッカーが仮に「就職出来ないデマ」を拡散した人の勤める企業一覧を公開したりしたら、その企業の社会的評判は地に落ちる。「自分達はデモ参加者なんて採用してやらない」どころの話ではない、寧ろその様な自分達が積極的に若者達から敬遠され、就職希望先として選択して貰えない、と云う事態に陥る。そうでなくとも或る日労基署から「一寸お話を伺わせて貰えませんか」と電話が掛かって来ることになるかも知れない。或るいは会社の上司から呼び出されて「君は会社の評判に傷を付けるかも知れないこんなことをネットで発言しているそうだね」と問い質されるかも知れない。

 そうしたことを想像してものを話しているのだろうか。ネットと云う場で自身の見解を公にすると云うことは、そこらの飲み屋で気勢を上げることとは少し性質が違うのだが、デマ拡散者にはその辺の脇が甘い人がどうも多い様に見受けられる。その辺のだらしなさもまた、若者達に選択して貰えない重要な要因となるだろうと思うのだが。そんな上司が居る会社なぞ御免だ、と思う若者は多いと思うし、況してやデモに参加する様な意識の高い若者ならば当然だ。「俺達は若者を雇ってやらない」ことは想像出来るが、「俺達が若者を雇わせて貰えない」ことを想像出来ないのは、やはり少し危機感が足りないのではないかと思う。

 最後に公務員、特に思想信条調査の有る警官や自衛官についての話だが、明らかに刑法に違反する様な行為を行った(公安等の捏造であろうとなかろうと)若者等については、話が面倒になるので今は触れないことにする。それはあれだけの人数が集まっているのだから、中には「安倍を暗殺せよ!」とか「国会議事堂に爆弾を仕掛けろ!」とか物騒なことを考えている人が何人が紛れていないとも断言は出来ない。だがそうした刑法破りの過激派が今の大規模な抗議の流れの中で重要な役割を果たしているのはネトウヨの妄想の中でだけだと思うので、そちらの議論をしたい方にはお好きにやって頂いても構わないが、私は関心が無い。

 さて公務員の採用試験で平和的なデモの参加者が落とされるかも知れない、と云う話だが、本来公僕であり憲法を遵守する義務を負った公務員が、極端な話「憲法を守れ!」と公言したと云う理由で面接者を不採用にする、と云うことが有り得るとしたら、それはやはり倒錯だ。解釈に困難を伴う自己否定であって、明らかに何処か大事なところが機能不全を起こしている。公務員にはデモをする権利が認められていないと云う件と同等か、それ以上に歪で、事の理非曲直が何処かへ行ってしまっていて、本末が転倒しているのだが、そこで「分からなくても分かったことにする」ことが出来る程、今の私達は小利口でいられるだろうか。その辺りの事情を「理解」することが出来る為には、通常それなりの餌が必要になるものだが、その餌を私達は十分に与えられているだろうか。黙って我慢して偉い人達に任せていれば、私達の生活は安泰に成るのだろうか。

 無理。今はそんな時代ではない。おかしいことを「グッと我慢して腹の中に仕舞う」ことで全てが丸く収まるのだ、と自らを納得させられる程、私達は平和ボケして安閑と暮らしていられる時代には生きていない。その辺の事情は、公務員でも少し世間並みの感性を弁えている人であれば理解しているものだが、残念乍らその辺りの間隙に付け込んでわざわざ広げて反抗者の頭を押さえつけてやりたい、と思っている者が最近は実に多い。軍隊式の上意下達式思考停止を快いと思う人が、結構まだまだ存在している様なのだ。それは本来有るべからざる矛盾と緊張を、国民と公僕とが対峙する現場に於て作り上げる。

 抗議行動とは憲法で保障されている国民の正当な権利であり、国民が自らの権利を守る神聖な義務でもあるのだが、そのことを理解出来ない人間が公僕の地位に就けるとしたらそれも大問題だ。それは公僕が国民を、管理する対象としてしか見ていない、見られない、と云うことを意味している。そんな公僕を、そんな公僕に支えられた国を、信用出来る国民が居るだろうか。また公僕は果たしてそんな国民ときちんと向き合うことが出来るだろうか。

 私がこの件で一番問題にしたいのはここだ。最近の国政の流れは、あの政策この決定が駄目だと云うのは勿論だが、それら全てを通じて、健全な言論や議論や対話、理念や理想や責任や倫理観と云ったもの一般に対する国民の信頼が、日々音を立てて崩れて行っているのが最大の脅威だと、私は思う。為政者の由って立つ権力の源は、国民の信託だ。為政者が日々に言を左右し、自分達が奉じている筈のもの全てに対して軽視と嘲弄の意を表明する時、その信託は崩れ去る。原則や原理、ルールや形式を疎かにし、「中身さえ良ければ良い」と無理を通して道理を引っ込める、そんな無茶の繰り返しが、ミサイルより放射能より何より、国民の生活から安心感を奪って行く。目に見えるものがその通りの存在ではないと云う経験を積み重ねると、人は容易に不信に陥る。「建前ではそうなってるけど、『現実』は実はこうなんだぜ?」と云う声は悪魔の囁きだ。それは社会全体の連帯を底から掘り崩して行く。そんな中で、良識や理性を単なる空疎な言葉だとは思っていない人間にとっては、「おかしいものには『それはおかしい』と言っておかないと、本当にヤバいんじゃないか」と危機感を持つのは極く当たり前のことだ。現実を可能性を老人よりも溢れる程より多く持っている若者であれば尚更だ。

 そうした人々に向かって真っ向からその主張をぶつけるでもなく、本当は自分達自身だって共有している筈の社会不安を後ろ手に忍び寄って、暗闇から通り魔の様に襲う様な真似は止めるべきだ。「国を守る為だから」と云う言い訳を馬鹿のひとつ覚えの様に持ち出して、まともな対話を拒否するのも止めるべきだ。そうした卑劣行為は国に先立つ社会全体を浮き足立たせる。「国を守る為」に今私達達の目の前で破壊されつつあるのは、守るべき国そのものだ。国の本質を形作る形式を守れない者達が、形としての国すら守れる筈は無いのだ。
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川流桃桜

Author:川流桃桜
怪奇幻想サイト『k-m industry 〜黒森牧夫の幻視風景』編集者。

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