プリゴジンの飛行機事故:陰謀とその結末(抄訳)
アンドリュー・コリブコ氏の分析の抄訳。参考リンクは私が抄訳した分に合わせて多少変更した。プリゴジンの死にプーチン大統領が関与したと云うシナリオは、凡そ有りそうにないし、ワグナーのアフリカでの活動はこれによって妨げられないだろう。
Prigozhin’s Plane Crash: Conspiracies & Consequences
プリゴジンの死を巡る背景
2023/08/23の夜、ロシアの民間軍事会社ワグナーのリーダー、エフゲニー・プリゴジンとその指導部メンバーがモスクワ郊外の飛行機事故で死亡したが、状況はまだ完全には解明されていない。
プリゴジンに関するこれまでの分析の内、現状理解に役立つと思われる主要なものを改めて紹介しておく。
プーチン大統領が慈悲深く彼の命を救う最後のチャンスを与えた後、プリゴジンは観念した(抄訳)
プリゴジンのクーデター未遂に関する陰謀論トップ2のデバンキング(抄訳)
プリゴジンは西洋にとって「役に立つバカ」だった(抄訳)
プリゴジンとその協力者達をベラルーシに追放することはロシアの利益に適っている(抄訳)
クーデター失敗後にプーチンがワグナーの指導者達と会うことに、陰謀論はお呼びではない(抄訳)
プリゴジン暗殺を計画しているのはロシアのFSBではなくキエフのGURである可能性が高い(抄訳)
簡単に言えば、ワグナーとロシア国防省との長年の対立は6月下旬に制御不能に陥ったが、プーチン大統領は関係者達に事実上の恩赦を与えることで、内戦の危機を平和的に解決した。関係者達にはその後ベラルーシに行く人も居れば、アフリカに行く人も居た。この結果はロシアの国益と一致していたのだが、代替メディア・コミュニティの一部ではこれは「偽旗クーデター」の証拠だと誤って主張された。何れにせよ、ワグナーがロシア国家の道具として機能し続けたことは議論の余地の無い事実だ。
プリゴジンは死亡する2日前(08/21)にサヘルから動画を公開し、そこで「ロシアを全大陸でより偉大にする! そしてアフリカをより自由に!」と宣言した。
アフリカでは近年、愛国的な軍事クーデターの形で旧宗主国フランスの新植民地主義支配に対する反乱が相次いでおり、最新のものはニジェールでのもので、現在はフランスの支援を受けたナイジェリアが主導するECOWAS軍による侵攻の脅威に曝されている。
アフリカに於てロシアの役割が増大している件についての分析はこちらを参照されたい。
アクシオスの記事はフランスのアフリカに於ける対ロシア情報戦を明らかにする(要点)
アメリカ当局者達はアフリカでワグナーに対してハイブリッド戦争を仕掛ける計画をポリティコに語った(要点)
アフリカの最新の危機についてはこちら。
西アフリカ地域戦争一歩手前(抄訳)
追放されたニジェールの指導者は、当初はテロ組織と戦うと約束したが、最終的には彼等と同盟を結んだ(抄訳)
ヴィクトリア・ヌーランドがニジェールでの議論について興味深い詳細を明らかに(抄訳)
サヘル諸国が主権を守ることを支援するでワグナーの役割は増大しており、だからこそ西洋はプリゴジンを暗殺したのだと一部で推測されている。この説を裏付ける証拠はまだ出ていないが、前掲の、プーチン大統領とワグナー指導部との会談に関する分析は、何故プリゴジンが指揮を執っていなくてもワグナーのアフリカ作戦が依然として継続するのかを説明している。
プーチン大統領が黒幕なのか?
次は、プーチン大統領が彼の死に関与したと云う陰謀論について取り上げてみよう。これは代替メディア・コミュニティ(AMC)でも西洋大手メディア(MSM)でも流れている説だ。その根拠は、
1)古い動画でプーチン大統領は、裏切り者は許せないと語っている。
2)プリゴジンの命が危険に曝されていると、バイデン政権の当局者達が事前に警告している。
これらの根拠に基付いて、AMCもMSMも、プリゴジンの氏の責任はプーチンに在ると考えている。AMCはこれは個人的な動機によるものであり、MSMはこれが悪名高いプーチンの「政治的殺害」の最新事例であると信じて貰いたがっているが、これらはどちらも、クーデター未遂の関係者達には国家による報復は行わないことを宣言した06/23の声明でプーチン大統領が「約束を守る」と言ったのは嘘であったことを前提としている。
それだけではない。これらの陰謀論はまた、プーチンが可能な限り最も劇的な方法のひとつによってプリゴジンの死を命じ、それによって無責任にも地上に居る無実の民間人達にも危害を加えるリスクを冒したと云うことを要求している。
だがこうした解釈を疑うべき説得力の有る理由が存在する。
1)この出来事とそれが世論に与える影響は、どちらもロシアの国益にとって不利となる。プーチン大統領がわざわざ自国を弱体化させようと画策したと想像するのは馬鹿げている。
プーチンがプリゴジンとワグナー指導部を排除することは、彼が宣言した約束を破ることを意味するが、これはワグナーの戦闘員達や支持者達を、反国家的な行動に駆り立てる可能性が有る。この陰謀論を信じた人々は、次は自分かも知れない、だから「自己防衛の為に先に行動」しなければならないと思い込み、自己実現的な予言を実行に移すかも知れないのだ。
従って、この誤った認識を兵器化することは西洋の利益になる。この陰謀論を利用すれば、高度に訓練された軍やそのシンパを「役に立つバカ」として操って、新たなクーデターや反乱の試み、テロ、そして/またはカラー革命によってロシアを不安定化させることが出来る。
仮令これらのシナリオが実現しなかったとしても、国際世論への影響を考えただけでも、これはロシア国家やその指導部の評判に大きなダメージを与えている。
プーチン大統領は6月に、NATOとロシアとの代理戦争の政治的解決に向けた関心を示すシグナルを何度も送っているが、MSMは彼の誠実さに疑念を植え付ける為に、彼がプリゴジンの死刑執行状に署名したと云う憶測を最大限に広めるかも知れない。
MSMは同様にまた、ロシア軍諜報部の派閥間で、舞台裏で血生臭い権力闘争が行われていると云う話を広めることで、ロシアの政治的安定について国際社会に誤った認識を広めるかも知れない。
事件の影響は?
これらの洞察を踏まえた上で、プリゴジンの飛行機事故がどの様な影響を齎すかを考察してみよう。
ワグナーは様々な国で数十の戦術チームを展開しているが、プリゴジンと少数の指導部がこれらをリアルタイムで細かく管理していると考えるのは非現実的だ。従って彼等が居なくなっても、アフリカでの作戦は恐らく影響を受けないだろう。士気は一時的に低下するかも知れないが、最終的には回復するだろう。
先に挙げた記事で触れた西洋のハイブリッド戦争(内戦やレジーム・チェンジ)が起こる可能性は低いが、仮にそちらの方面で何等かの動きが有ったとしても、ロシアの安全と安定に対する脅威は管理可能だ。「バルカン化」に備えて身構える必要は無い。
とは言っても、事件の捜査に於ては、これが不正行為の結果なのかどうかは確実に調査されるだろう。これらはキエフが関与したケースや軍諜報部の派閥が関与したケースが考えられるが、どちらも現段階では結論を出すことは出来ない(どちらの可能性も排除は出来ないが)。結論を急ぐ余りに、キエフに無実の罪を着せたり、ロシアの安定性や安全性について疑問を広めたりすれば、どちらも西洋にとっての「役に立つバカ」の役割を引き受けることになる(但し仮に軍諜報部の派閥が不正に関与していたとしても、彼等がロシアを不安定化させるチャンスは無い)。
結局のところ、プリゴジンの飛行機事故の正確な原因は依然として不明であるが、プーチン大統領が関与していないことは確かだ。AMCの一部とMSMは別のシナリオを仄めかし続けるだろうが。
事故が仕組まれたものであれば、ロシアの治安当局は間違い無く真相を解明するだろうが、国家レヴェルでは不正行為が有ったとしても認めない方が自国の利益に適うと判断するかも知れない。
何れにせよ、この事件はロシアを不安定化させたり、ワグナーのアフリカでの活動や特殊作戦を妨げたりするものではない。
Prigozhin’s Plane Crash: Conspiracies & Consequences
プリゴジンの死を巡る背景
2023/08/23の夜、ロシアの民間軍事会社ワグナーのリーダー、エフゲニー・プリゴジンとその指導部メンバーがモスクワ郊外の飛行機事故で死亡したが、状況はまだ完全には解明されていない。
プリゴジンに関するこれまでの分析の内、現状理解に役立つと思われる主要なものを改めて紹介しておく。
プーチン大統領が慈悲深く彼の命を救う最後のチャンスを与えた後、プリゴジンは観念した(抄訳)
プリゴジンのクーデター未遂に関する陰謀論トップ2のデバンキング(抄訳)
プリゴジンは西洋にとって「役に立つバカ」だった(抄訳)
プリゴジンとその協力者達をベラルーシに追放することはロシアの利益に適っている(抄訳)
クーデター失敗後にプーチンがワグナーの指導者達と会うことに、陰謀論はお呼びではない(抄訳)
プリゴジン暗殺を計画しているのはロシアのFSBではなくキエフのGURである可能性が高い(抄訳)
簡単に言えば、ワグナーとロシア国防省との長年の対立は6月下旬に制御不能に陥ったが、プーチン大統領は関係者達に事実上の恩赦を与えることで、内戦の危機を平和的に解決した。関係者達にはその後ベラルーシに行く人も居れば、アフリカに行く人も居た。この結果はロシアの国益と一致していたのだが、代替メディア・コミュニティの一部ではこれは「偽旗クーデター」の証拠だと誤って主張された。何れにせよ、ワグナーがロシア国家の道具として機能し続けたことは議論の余地の無い事実だ。
プリゴジンは死亡する2日前(08/21)にサヘルから動画を公開し、そこで「ロシアを全大陸でより偉大にする! そしてアフリカをより自由に!」と宣言した。
アフリカでは近年、愛国的な軍事クーデターの形で旧宗主国フランスの新植民地主義支配に対する反乱が相次いでおり、最新のものはニジェールでのもので、現在はフランスの支援を受けたナイジェリアが主導するECOWAS軍による侵攻の脅威に曝されている。
アフリカに於てロシアの役割が増大している件についての分析はこちらを参照されたい。
アクシオスの記事はフランスのアフリカに於ける対ロシア情報戦を明らかにする(要点)
アメリカ当局者達はアフリカでワグナーに対してハイブリッド戦争を仕掛ける計画をポリティコに語った(要点)
アフリカの最新の危機についてはこちら。
西アフリカ地域戦争一歩手前(抄訳)
追放されたニジェールの指導者は、当初はテロ組織と戦うと約束したが、最終的には彼等と同盟を結んだ(抄訳)
ヴィクトリア・ヌーランドがニジェールでの議論について興味深い詳細を明らかに(抄訳)
サヘル諸国が主権を守ることを支援するでワグナーの役割は増大しており、だからこそ西洋はプリゴジンを暗殺したのだと一部で推測されている。この説を裏付ける証拠はまだ出ていないが、前掲の、プーチン大統領とワグナー指導部との会談に関する分析は、何故プリゴジンが指揮を執っていなくてもワグナーのアフリカ作戦が依然として継続するのかを説明している。
プーチン大統領が黒幕なのか?
次は、プーチン大統領が彼の死に関与したと云う陰謀論について取り上げてみよう。これは代替メディア・コミュニティ(AMC)でも西洋大手メディア(MSM)でも流れている説だ。その根拠は、
1)古い動画でプーチン大統領は、裏切り者は許せないと語っている。
Journalist: “Are you able to forgive?”
— Lord Bebo (@MyLordBebo) August 23, 2023
Putin: “Yes, but not everything.”
Journalist: “What is impossible to forgive?”
Putin: “Betrayal”pic.twitter.com/6zFmp4CQ0l
2)プリゴジンの命が危険に曝されていると、バイデン政権の当局者達が事前に警告している。
これらの根拠に基付いて、AMCもMSMも、プリゴジンの氏の責任はプーチンに在ると考えている。AMCはこれは個人的な動機によるものであり、MSMはこれが悪名高いプーチンの「政治的殺害」の最新事例であると信じて貰いたがっているが、これらはどちらも、クーデター未遂の関係者達には国家による報復は行わないことを宣言した06/23の声明でプーチン大統領が「約束を守る」と言ったのは嘘であったことを前提としている。
それだけではない。これらの陰謀論はまた、プーチンが可能な限り最も劇的な方法のひとつによってプリゴジンの死を命じ、それによって無責任にも地上に居る無実の民間人達にも危害を加えるリスクを冒したと云うことを要求している。
だがこうした解釈を疑うべき説得力の有る理由が存在する。
1)この出来事とそれが世論に与える影響は、どちらもロシアの国益にとって不利となる。プーチン大統領がわざわざ自国を弱体化させようと画策したと想像するのは馬鹿げている。
プーチンがプリゴジンとワグナー指導部を排除することは、彼が宣言した約束を破ることを意味するが、これはワグナーの戦闘員達や支持者達を、反国家的な行動に駆り立てる可能性が有る。この陰謀論を信じた人々は、次は自分かも知れない、だから「自己防衛の為に先に行動」しなければならないと思い込み、自己実現的な予言を実行に移すかも知れないのだ。
従って、この誤った認識を兵器化することは西洋の利益になる。この陰謀論を利用すれば、高度に訓練された軍やそのシンパを「役に立つバカ」として操って、新たなクーデターや反乱の試み、テロ、そして/またはカラー革命によってロシアを不安定化させることが出来る。
仮令これらのシナリオが実現しなかったとしても、国際世論への影響を考えただけでも、これはロシア国家やその指導部の評判に大きなダメージを与えている。
プーチン大統領は6月に、NATOとロシアとの代理戦争の政治的解決に向けた関心を示すシグナルを何度も送っているが、MSMは彼の誠実さに疑念を植え付ける為に、彼がプリゴジンの死刑執行状に署名したと云う憶測を最大限に広めるかも知れない。
MSMは同様にまた、ロシア軍諜報部の派閥間で、舞台裏で血生臭い権力闘争が行われていると云う話を広めることで、ロシアの政治的安定について国際社会に誤った認識を広めるかも知れない。
事件の影響は?
これらの洞察を踏まえた上で、プリゴジンの飛行機事故がどの様な影響を齎すかを考察してみよう。
ワグナーは様々な国で数十の戦術チームを展開しているが、プリゴジンと少数の指導部がこれらをリアルタイムで細かく管理していると考えるのは非現実的だ。従って彼等が居なくなっても、アフリカでの作戦は恐らく影響を受けないだろう。士気は一時的に低下するかも知れないが、最終的には回復するだろう。
先に挙げた記事で触れた西洋のハイブリッド戦争(内戦やレジーム・チェンジ)が起こる可能性は低いが、仮にそちらの方面で何等かの動きが有ったとしても、ロシアの安全と安定に対する脅威は管理可能だ。「バルカン化」に備えて身構える必要は無い。
とは言っても、事件の捜査に於ては、これが不正行為の結果なのかどうかは確実に調査されるだろう。これらはキエフが関与したケースや軍諜報部の派閥が関与したケースが考えられるが、どちらも現段階では結論を出すことは出来ない(どちらの可能性も排除は出来ないが)。結論を急ぐ余りに、キエフに無実の罪を着せたり、ロシアの安定性や安全性について疑問を広めたりすれば、どちらも西洋にとっての「役に立つバカ」の役割を引き受けることになる(但し仮に軍諜報部の派閥が不正に関与していたとしても、彼等がロシアを不安定化させるチャンスは無い)。
結局のところ、プリゴジンの飛行機事故の正確な原因は依然として不明であるが、プーチン大統領が関与していないことは確かだ。AMCの一部とMSMは別のシナリオを仄めかし続けるだろうが。
事故が仕組まれたものであれば、ロシアの治安当局は間違い無く真相を解明するだろうが、国家レヴェルでは不正行為が有ったとしても認めない方が自国の利益に適うと判断するかも知れない。
何れにせよ、この事件はロシアを不安定化させたり、ワグナーのアフリカでの活動や特殊作戦を妨げたりするものではない。
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