fc2ブログ

ジンバブエに対する米国の制裁が「人道に対する罪」だと非難される(要点)

米国が2001年以降ジンバブエに対して課している違法で非人道的な制裁についての解説記事。
U.S. Sanctions Against Zimbabwe Condemned as “Crime Against Humanity”




 2023/02/04、「米国帝国主義に関する国際人民法廷」で専門家達が証言。ジンバブエが現在も苦しめられている人道的危機の原因は、米国が主張する様に(米国がレジームチェンジを望んでいる)ジンバブエ政府ではなく、22年間に亘って米国がジンバブエに課して来た厳しい経済制裁であると結論を出した。

 米国が2001年に経済制裁を課してから僅か2年で、ジンバブエのインフレ率は560%以上急上昇したが、更に2008年までには約2億8,000万%上昇し、経済は23%まで縮小した。

 2022年12月にワシントンで米国・アフリカ首脳サミットを開催する直前、バイデン政権はジンバブエに対して更なる制裁を課した。

 西洋諸国の専門家によるジンバブエについての本では、米国とEUの制裁の影響は全く議論されておらず、全て「独裁者」のムガベが悪いのだ、と云うことになっている。

 政策の目的はジンバブエの経済を弱体化させ、国民の生活を困難にすることで、政府に対する不満を高め、それによってジンバブエを西洋にとって都合の良い原材料の供給者、安価な労働力の供給源、製造品の消費者として従属させることだ。

 「民主主義への移行」の為の「ジンバブエ民主主義経済回復法」と云う偽善的な名称で売り出された非人道的な制裁法を、シンシア・マッキニー米下院議員は「白肌の特権を維持する為のプログラム」と呼んだ。

 植民地(当時は南ローデシア)独立解放戦争の闘士ロバート・ムガベは、西洋(白人諸国)では暴君と描写されて毛嫌いされた。その理由は:
 1)汎アフリカ主義と社会主義の原則を採用した。
 2)ジンバブエの工業化を促進した。
 3)反アパルトヘイト闘争を支持した。
 4)ジンバブエの植民地の遺産を覆す為に、画期的な土地改革イニシアチブを支援した。

 更にムガベは2003年には「ルック・イースト」政策を採用して中国と接近した。これら全てはジンバブエを実質的植民地状態に置いておきたい帝国主義勢力にとっては許し難い罪だ。

 1999年に発足した反政府勢力である民主的変革運動(MDC)は米国、特にCIAのフロント組織であるNEDから資金提供を受けていた。制裁が開始されたのは、MDCが選挙で敗れ、土地改革が始められたばかりの時だ。

 MDCの指導者だったモーガン・ツァンギライは、 曾ては批判していたIMFや世銀と組んで新自由主義経済プログラムを採用して外国によるジンバブエ搾取を歓迎し、ムガベを暗殺しようとしたとして告発されたことも有る。

 2011年にツァンギライがムガベをその「貪欲なエリート層による強奪と略奪」で非難した時、ムガベが推進していたのは外資系企業の国有化と、50万ドル以上の価値の有る外資系企業に少なくとも51%の黒人所有権を持たせる法案だった。

 人民法廷に提出されたデータに拠れば、ジンバブエは2000〜2014年に420億ドル以上の歳入を失い、GDPは35%減少した。

 関連する国営企業への補助金がカットされた為、綺麗な水へのアクセスは、都市部では29%から22%に、農村部では50%から50%未満に減少した。同時期にはコレラと腸チフスの流行が起こっていた。

 GEに供給を依存していた鉄道網は老朽化し、ファースト・レスポンダーへの資金提供が出来なくなった為に交通事故で死亡する人が増えた。

 乳児死亡率と出産中に死亡する女性の数は急増し、数百万人が家を失った為に大量の頭脳流出も起こった。

 西洋諸国はこれら全てをムガベ政権の失政の所為にしているが、制裁が始まる前の90年代後半のムガベ政権下のジンバブエは、アフリカで最高レヴェルの医療と教育システムと、2番目に大きな証券取引所を持ち、SADC(南アフリカ開発共同体)地域全体の重要な穀倉地帯だった。変化が起こったのは制裁によってジンバブエ政府が必要な信用と融資を得られなくなってからだ。

 ブラックロック、バンガード、ステート・ストリート、フィデリティなどの強力なウォール街の投資会社は何故か制裁対象にはなっておらず、ジンバブエの証券取引所に投資し続けている。

 ジンバブエのCBZ銀行が制裁違反の廉で3億8,500万ドルの罰金を払えと言われてこれを拒否した時、米国政府はこの要求を撤回し、恐らくはCBZと秘密の和解を結んだ。米国政府もまたこの制裁が違法なものであることを認めている様だ。

 人民法廷のもう一人の証言は、ジンバブエに対する制裁の主な目的は、近隣の南アフリカとナミビアに対して、土地の再分配措置を実行すればジンバブエと同じ目に遭うぞと云う警告を送ることだ。南アではアパルトヘイトは終わったものの、人口の8%を占める欧州人が依然として土地の72%を支配している。サム・ヌジョマ大統領(1990〜2005年)がムガベの土地改革を支持したナミビアでは、人口の6%を占める欧州人が土地の70%を支配している。

 この証人が2000年代初頭にジンバブエを訪れた時、西洋大手メディアではジンバブエで白人達が攻撃を受けていると報じられていたが、彼はその様な事件は何ひとつ目撃しなかった。

 独立時、南ローデシア(ジンバブエ)は北ローデシア(ザンビア)に従おうとせず、イアン・スミス率いる白人入植者政権が支配することになった。ジンバブエは1966年に米英が支持する国連の制裁の対象になっていたが、これはジンバブエ経済を麻痺させ脱工業化させる一方で、スミス自身は制裁違反の融資を得て権力を拡大し、私服を肥やした。
 

 ムガベが権力を握った時、国は人口の大多数である黒人層に基本的な医療・教育・住宅・エネルギーを提供出来ておらず、スミス政権が残した莫大な負債も引き受けねばならなかった。

 ジンバブエは反アパルトヘイト運動の重要拠点でもあった為、米英は南ア政府と協力して、ジンバブエに対する不安定化工作を行った。具体的には隣国のモザンビークでのインフラの破壊工作やテロ行為の促進だ。CIAはモザンビーク国民抵抗運動(RENAMO)のテロリストを支援した。これは地域経済全体に影響を与え、新生ジンバブエをより大きな債務に陥らせた。

 1980年に独立を果たしてジンバブエ共和国が設立された時、財政支援と債務免除が約束されたが、この約束は果たされることは無かった。

 米国はジンバブエの民主主義の促進を謳っているが、米国は2001年以来、制裁とMDCへの支援を通じて、22年間選挙を操作して来た。ワシントンは飢餓を政治的な武器にしているのだ。目的はレジームチェンジであり、米国が支配する世界秩序に従おうとしないジンバブエを「罰する」ことだ。
関連記事
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

川流桃桜

Author:川流桃桜
一介の反帝国主義者。
2022年3月に検閲を受けてTwitterとFBのアカウントを停止された為、それ以降は情報発信の拠点をブログに変更。基本はテーマ毎のオープンスレッド形式。検閲によって検索ではヒットし難くなっているので、気に入った記事や発言が有れば拡散して頂けると助かります。
全体像が知りたい場合は「カテゴリ」の「テーマ別スレッド一覧」を参照。

ブログランキング
ブログランキング・にほんブログ村へ PVアクセスランキング にほんブログ村 人気ブログランキング
良ければクリックをお願いします。
最新記事
カテゴリ
リンク
最新コメント
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR