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「第二次世界大戦の最初期の全面的ジェノサイド」: グドヴァックでの虐殺が恐怖への先触れとなった経緯(要点)

RTの歴史解説記事の要点。
'Earliest total genocide of WWII': How the massacre in Gudovac became a step into terror

 1941/04/06、「ユーゴスラヴィアを地図から抹消する」ことを誓ったヒトラーのナチス・ドイツはユーゴスラヴィア王国に侵攻。その4日後、ウスタシャとして知られるクロアチアの分離主義者(反乱軍)がクロアチア独立国を宣言。ウスタシャは公然と反セルビアのナショナリズムを掲げており、独立宣言直後からセルビア人とユダヤ人に対する局所的なポグロムが始まった。

 1941/04/27の夕方にグドヴァック村で起こった発砲事件はセルビア人11名の殺害と一斉検挙に繋がり、翌28日の夕方までには囚人達は射殺された(約180人)。ウスタシャは生き残った村人達に集団墓地を掘らせ、遺体に酸化カルシウム(生石灰)を注いで葬った。知らせを受けたドイツの司令官は04/30〜05/05に発掘を行わせ、177程の遺体が発見されたが、前夜に殺害された11名の遺体は別の場所に埋められていた。

 ドイツ人は虐殺を実行したウスタシャと民兵の40人を逮捕したがウスタシャの内務大臣が介入して全員を釈放させ、ドイツ大使に事件の調査を約束したが、約束は守られなかった。

 これは後に続く絶滅収容所の先触れを成す、最初期のジェノサイドだった。現代では約35万人のセルビア人がクロアチア独立国によって殺害されたことになっているが、その多くは1942年半ばまでに行われた。戦後のユーゴスラヴィアの共産党政府は国を纏める為にこの虐殺を軽視した。その後紆余曲折を経て21世紀になっても尚新事実が次々明らかになっている。現在クロアチアは曾てのクロアチア独立国がヒトラーの「ヨーロッパ諸国の家族」の一員であった様に、EUとNATOの一員になっている。


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川流桃桜

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