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トリクルダウン経済学(要点)

「富裕層と大企業を優遇すれば、そのおこぼれで中間層以下も潤う」と云うトリクルダウン仮説が純然たる与太話であることは、30年に及ぶデフレに加えてアベノミクスの成果に苦しんでいる日本人であれば皮膚感覚で理解出来ているだろうが、英国では好戦的なリズ・トラス新首相がまた富裕層と大企業の大幅減税をすれば現在の停滞を解消出来るとか宣っている様で、マルクス主義経済学者のマイケル・ロバーツ氏が基本的な事項についてのお浚い記事を書いているので、要点のみ紹介してみる。一般庶民の生活にとって資本主義経済が良い顔を見せてくれたのは、共産主義ブロックとの冷戦に於て資本主義社会が社会主義的修正を加えて労働者の御機嫌を取っていた時代の話であることについては、例えばトマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』でも詳述してある。だが冷戦末期から資本主義経済は実体経済から乖離して金融経済に移行し、富裕層優遇により格差が拡大した。中身の有る投資による真っ当な成長よりも、カネがカネを生む仕組みを利用した一部の金持ち層の目先の利益追求の方が優先されたのだ。
Trickle down economics



 「トリクルダウン理論(「おこぼれ理論」と私は訳したい)」の基本的な主張は下図の上。実際には下の様になる。富は富裕層にのみ滴り落ち、下層へは流れて行かない。この「トリクルダウン」なる言葉は、元々はユーモリストのウィル・ロジャースが富裕層優遇の経済政策を批判したジョークの中で使ったものだ。


 トリクルダウン理論は所謂「サプライ・サイド経済政策」と呼ばれるものの一部で、これは問題は需要ではなく供給だとする考え方。この仮説に立つと、必要なのは「柔軟な」労働力と、より多くの投資による生産性の向上だと云うことになる。なので金持ちを優遇して投資を奨励し、労働者の賃金を犠牲にして企業の利益を上げよ、そうすればそのおこぼれがそれ以外の部分にも回って来る、と云う主張が為されることになる。

 これは金持ちが無制限の権力を持って大衆を支配すべきであり、貪欲は善であると考えていた右翼作家アイン・ランドの経済的な子供と呼べる様な代物だ。だが所得税を減税すれば歳入が増えると云う理論は、リベラル派の支持を得ることが多い。例えばジョン・F・ケネディは1962年に、ジョン・メイナード・ケインズは1933年に、長期的な歳入増加を確保する為には税率を下げる必要が有ると発言している。右派は富裕層への減税はより多くの投資と支出を齎し、その結果より多くの雇用と収入を生み出すと主張している(これは供給主導の経済成長を意味する)。他方リベラル派は税率を下げれば平均所得が上向き、支出も増え、生み出された余分な需要が事業の拡大に繋がると主張している(これは需要主導の経済成長を意味する)。

 だがこれらの主張は経験的には裏付けられていない。減税が更なる成長に繋がり、政府歳入の減少ではなく増大を齎すと最初に提唱した主要な人物はアーサー・ラッファーだったが、彼でさえ、それが当て嵌まるのは税率が50%を超える時だけだと考えていた。他の論者には70%以上の時だと考える人も居る(無論現在、そんな高い税率を負担している富裕層など居はしない)。


 実際、1950年代には欧米の個人所得税率は最高で80~90%に達していたが、当時は無論経済は停滞するどころか、史上最速の高度成長の時代を迎えていた。 現在英国政府は最高税率を45%を更に40%にまで引き下げようとしている。



 「トリクルダウン理論」または「ラッファー曲線」を裏付ける経験的証拠は存在しない。例えば以下の様な証拠が挙がっている。

 ・2012年の米議会調査局の調査:最高税率の引き下げは経済成長とは相関関係は見られなかったが、所得格差の拡大との相関性は高かった。

 ・2012年の Tax Justice Network の調査:超富裕層の富は少しずつ流れ落ちて経済を改善するのではなくタックス・ヘイヴンに蓄えられて保護される傾向が有り、家庭経済の課税ベースに対して悪影響を及ぼす。

 ・2015年のIMFの研究者による調査:「上位20%(富裕層)の所得分配率が上昇すると、中期的にはGDP成長率は低下し、これはその恩恵がトリクルダウンしないことが示唆している。対照的に、下位20%(貧困層)の所得分配率が上昇すると、GDP成長率は上昇する。」

 ・2019年の Journal of Political Economy の論文:「減税と雇用の伸びの正の関係は、低所得者層への減税によるところが大きく、上位10%への減税による雇用の伸びへの効果は小さい。」

 ・2020年のロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの調査:1965〜2015年の間に特定の年に減税を行った国とそうでない国を比較した結果、富裕層への減税は「雇用や経済成長に大きな影響を与えない」ことが判明した。他方それは税引き前の国民所得に占める上位1%の割合を増加させ、その結果として所得格差は「かなり」拡大する。実際、リズ・トラス首相のヒーローであるマーガレット・サッチャーが個人税と法人税を減税した1979〜90年の間も所得の不平等は拡大した(下図は1977〜2021年の英国のジニ係数)。


 税率が高かった1948〜64年の黄金時代に匹敵する急速な成長は、減税によっては齎されなかった。皮肉なことに同時期、GDPに対する税負担の割合も減少しなかった。何故なら、GDPが他の税による増収を上回るほど上昇しなかったからだ(下図は名目GDPに対する税負担の割合)。




 ロバーツ氏の見解では、経済成長に必要なのは減税ではなく労働生産性の向上であり、それはテクノロジーへの投資の増加に懸かっている。問題なのは利潤と収益性の向上であって、所得税の調整による効果は限定的だ。それにそもそも税収の大部分は最早個人税や法人税からではなく、売上税や付加価値税、関税、社会保障費控除等の、所謂ステルス税から来ている。因果関係は、「利益から投資と成長へ」であって「支出から利益と成長へ」ではない。
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川流桃桜

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