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反共主義の嘘と迷妄をざっくり暴く快著

Michael Parenti著、Blackshirts and Reds: Rational Fascism and the Overthrow of Communism のレビュー。




 スターリンとヒトラーを同列に並べるのが最近また流行りだ。ポーランド辺りでは独ソ不可侵条約(モロトフ・リッベントロップ条約)を持ち出して来て、スターリンがヒトラーと同盟を組んでいたとか、第二次大戦開始の責任をスターリンに負わせようなどと云う動きが有る様だ。これはヒトラーを真剣に押さえ込もうとした国家指導者がスターリン唯一人であり、実際にナチスドイツの脅威を叩き潰したのがソ連赤軍であると云う否定し様の無い歴史的事実を顧みると、余りに強引な言い掛かりだろうと思うが、これは自分達がファシズムに加担した側であり、ナチスに協力した過去を隠したい連中が、煙幕の為にやっているのだろう。何しろナチの残党は戦後も西側諸国内で陰に陽に活躍しており、ファシズムの清算は過去の話ではないのだ。おまけに冷戦後、共産主義の圧力が無くなった資本主義は新自由主義と云う新たなイデオロギーを活性化させ、戦前まで持っていた暴力的側面を自国民に対してさえ剥き出しにして来た訳だが、その結果2020年代の様相は益々1930年代に似て来ている。ファシズムとは一体何だったのか、ヒトラーやムッソリーニの台頭とは何だったのか、第二次大戦とは一体何だったのかを大衆に理解して貰いたくないファシストやその支援者連中は、資本主義社会に於ける階級闘争の現実を歪曲し隠蔽するのに必死だ。大量の嘘を交えた反共プロパガンダは、冷戦が終わって沈静化するどころか、寧ろ新冷戦体制の下で激化している様に見える。

 本書は反骨の人パレンティが、ファシズムと共産主義の決定的な違いを解り易く解き明かしたものであり、それによって私達が今置かれている階級闘争の現実に読者の注意を促そうとする警告の書だ。

 西側市民の共産主義や共産主義国に対する無知と偏見は、資本主義国家に対する無知と偏見の裏表だ。ウォーラーステインの近代システム論を借りれば、資本主義システムは一国で完結することは無く、周辺諸国と中核諸国の二極に分かれるのだが、戦後の高度経済成長期に中核諸国で育った人々の多くは、全体として見た場合の資本主義システムがどれだけ残酷で人々を搾取し傷付けているかが解っていない。戦前は資本主義諸国でも革命を求める民衆の声の高まりが見られたのだが、それを打ち砕いたのがファシズムだ。戦後は搾取先は主にグローバルサウスに集中した所為か、資本主義の恩恵を受ける側だった先進諸国では、貧しい外国と富める自国の現実が一繋がりであると云う現実から目を逸らす傾向が当たり前になった。その結果人々は資本主義がどれだけ非情であり得るかを屢々忘れ、資本主義の良い面ばかりを見させられる状況に順応してしまった。
 
 「共産主義システムとは人々を等しく貧しくする体制である」などと云う冷戦期のプロパガンダをカビの生えた鸚鵡返しにする人が今だに居るが、これ程現実から懸け離れた偏見は無い。そう云う人は、共産主義諸国の人々が共産主義システムを樹立する前、資本主義システムによってどれだけ痛め付けられ搾取されていたかを知らない。そしてまた、冷戦後に再度資本主義(新自由主義)の洗礼を受けたそれらの国の人々が、どんな辛酸を嘗めることになったかも。共産主義は貧しい大多数の人々の生活を実際に大きく改善したシステムであり、雇用、教育、医療等の各分野に於て目覚ましい成果を上げ、人々を様々な恐怖から解放したシステムだ。パレンティはこれらの誤解と偏見をざっくりぶった切ることによって、国際社会についての見方を変えることを読者に迫って来る。

 但し本書は一方的な共産主義賛美の書ではない。共産主義には数々の欠点が有ることもパレンティは指摘している。例えば誰もが雇用を保障され、頑張っても怠けても同じ給料が支払われる仕組みの下では、緊張感が無くなって労働者は怠け、不効率と腐敗が蔓延る様になる、なんてことは当たり前のこととして認めている。共産主義諸国の住民の主な不満は何もかもが管理されていることではなく、寧ろ管理が行き届いていないことだった、とか、一旦権利が保障されてしまうと人々はそれを当たり前のものとして享受し、有難がらなくなってしまう、などと云う指摘は興味深く読んだ。ソ連で生まれチェコで育ったジャーナリストの故アンドレ・ヴルチェク氏が、自分達が若い頃如何に「西側の」プロパガンダに洗脳されていたかを述懐しているが、彼が西側へ移り住んで、東は駄目だが西側には希望が有る、などと云うイメージが嘘に支えられた夢物語に過ぎず、祖国には尊敬すべき所が沢山有ったことを理解した時には、祖国は既に失われていた。現実を適切に理解することの難しさを物語る事例だが、大事なのは、デマや偏見に踊らされて相手の脅威を過大視したり、理解も対話も不能な他者であると悪魔化したりせず、同じ人間として、長所も有れば短所も有る普通の対等な相手として共産主義国の人々を見ることだ。相手を悪魔化することに慣れてしまうと、人はその相手に対して平気で残酷なことが出来る様になる。戦争プロパガンダとは正にそうした効果を狙ったものだ。

 共産主義諸国に関しては今まで数々の残虐行為のデマが流されて来た。本書で扱っているのはソ連のグラーグだけだが、西側で喧伝されているのが大きく誇張されたイメージであることが論証されている。スレブレニツァの虐殺、天安門広場の虐殺、ウイグルのジェノサイド等々、今まで西側諜報部が捏造したり歪曲したりして来た事件は数多いが、それらについても多くのジャーナリストや研究者による地道な調査によって嘘が暴かれて来た。全てがそうだと云う訳ではないが、反共プロパガンダに於て事件の捏造や歪曲は日常茶飯事なので、日々のニュースを読む際には注意が必要だ。逆に、注意していなければ西側の大手メディアが如何に大政翼賛化しているかは理解出来ないし、そうなると国際情勢を全く誤って理解してしまうことになる。西側左派の反共主義の問題は昔からだが、今では反共プロパガンダの実態を理解しない不勉強な反共左派は、平気で(無自覚に)帝国主義的スローガンを口にする様になってしまった。この愚かな過ちを繰り返さない為にも、未来の左派はもっとメディアリテラシーを高めなければならないだろう。

 反共洗脳を解くことの重要さは、特にパンデミック詐欺を利用した資本主義再起動計画、世界経済フォーラムの「グレート・リセット」が進行中の現在に於ては強調し過ぎることは無い。何の運命の悪戯なのか、パンデミック詐欺を見破っている者には右派や保守派等が多く、彼等は当然ながら反共プロパガンダを鵜呑みにしている。なのでGRを推進しているのが後期資本主義社会に君臨するグローバル・パワーエリート達であると理解していながら、「連中は世界を共産主義化しようとしている」などと云う推測を平気で口にしたりする。その殆どの者は「同じ独裁者なんだからヒトラーもスターリンも一緒だろう」「世間で全体主義と名の付くものは何でもかんでも同じだろう」と云う実に雑なイメージで語っている様だが、本書を読めば解る様に、それは短絡的に過ぎる。GRは資本主義再起動の試みであって、資本主義を克服しようとした共産主義とは目指すものが根本的に異なる。GRはファシズム・クーデター2.0ではあっても共産主義革命2.0ではない。それは人々の福祉を気に掛けたりはしない。その様な振りはするかも知れないが、最終目的は金融権力による世界の支配だ。

 ファシズム2.0に於ける中国の役割はややこしく、政治的には立派に見えるが科学的には全く正当化不能なコロナ「対策」を続けている以上、全くのシロではあり得ない。何等かの理由で嘘を吐いているのは確かだろう。だがそれはどんな種類の、どんな目的の嘘なのか、現時点では私もさっぱり答えは出せない(願わくはその答えが最悪の形で明らかになったりしませんように!)。考察を進める為にも、嘘や偏見による余計な雑音は予め取り除いておきたいと思う。世界をバランス良く見ることが出来る様になる為にも、反共プロパガンダの迷妄は出来る限り打ち破っておかねばならない。先ずは嘘の存在に気が付いて、その規模や深度を見極めるのが最重要課題だ。最近は類書も多く出て来ているが、本書はその中でも解り易く総括的な見方を提供してくれると云う点で非常にお薦めだ。
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パンデミック詐欺に於て兵器化された恐怖の分析

Laura Dodsworth著、A State of Fear: How the UK government weaponised fear during the Covid-19 pandemic のレビュー。




 「人類の感情の中で最も古く、最も強いものは恐怖である。そして恐怖の中で最も古く、最も強いものは未知のものへの恐怖である。」

 怪奇小説作家H.P.ラヴクラフトの言葉だ。これと同じことを言い、恐怖に対する人々の反応を利用して、人々の行動を当人達の同意無しにコントロールする為に利用しているのが、現代の行動心理学者達だ。

 COVID-19パンデミックの脅威が実態より遙かに誇張され、人々を恐怖に陥れて思考停止させる為に利用されていることは、注意深く事態の推移を見守っていた者の目には最初から明らかだった。死者数や感染者数は全体の文脈から切り離されて顕微鏡的な注目を集めることで過大視され、政治家や専門家やマスコミは日々恐怖を煽り、人々の理性よりも感情に訴える様なことばかりを言い続けた。病気のリスクに対して余りにも過剰な(しかも科学的には殆ど根拠の無い)対策が次々に打ち出され、方針や予測はコロコロ変化し、死者数や感染者数があの手この手で水増しされている実態も徐々に明らかになって行った。要するにこれはパンデミック(WHOが2009年に定義を恣意的に変更した為、深刻な被害を引き起こすものではなくとも「パンデミック」と呼んで良いことになっている)を利用したショック・ドクトリンであって、やがて「グレート・リセット」なる世界再編計画、資本主義再起動計画が宣言されるに至って、その目的が恐らくこれであろうことが、多くの人の目には明らかになった。

 本書は、どの研究結果を見ても季節性インフルエンザのそれを大きく超えるものではないリスクしか無いCOVID-19なる(ウィルスが実在すると云う証拠の無い幻の)感染症の脅威が政治家や専門家によって如何に誇張され、歪曲され、恐怖によって人々の行動を操る為に利用されたか、主に行動心理学に基付く「ナッジ」理論に焦点を当てて追究したものだ。舞台は基本的に英国に限られているが、ナッジ・ユニットは世界各国で稼働しており、恐怖を煽る手口も似た様なものなので、対策が緩かった日本の状況を振り返る上でも非常に参考になる。

 英国民は或る世論調査では最もCOVID-19に怯えていた国民だそうだが、それには「専門家」による過大な予測や警告、政治家による芝居掛かった演説、大手メディアによる偏った切り取り情報や扇情的なキャッチフレーズ、マスクや社会的距離等による市民参加型の恐怖キャンペーン、如何にもやらせ感の漂う「医療従事者に拍手を」運動等々、この壮大な恐怖劇を成功に導く為の数々の心理的なトリックが貢献していた。本書では著者は関係者等に質問やインタビューを行い(匿名や無回答も多い)、それらの背後で働いている力学を、全てではないが可能な限り可視化しようと試みている。またそれらの心理操作が具体的にどの様な被害を引き起こしているのか、読者にも具体的にイメージ出来る様に、何人もの一般市民の事例を挙げている(対策の緩い日本では一寸想像が難しい様な酷い心理的被害を受けた人も居る)。

 人々の行動を操る為に人々の同意無しに恐怖を煽り立てて利用する具体的な政策がどの様な過程で決定されているのか、明らかになっていない部分が大きいのだが、本書が取り敢えず導き出している結論は、行動心理学者達の存在が大きいと云うことだ。選挙で選ばれた訳ではない彼等は政府に助言を与え、屢々医学的知見を全く無視する。著者は彼等のことをテクノクラートをもじって「サイコクラート(psychocrats)」と呼んでいるが、一般大衆に代わって彼等サイコクラートが大衆にとって何が良いことなのかを判断している現状に対して、当然のことながら民主主義的価値観を掘り崩すものだとして批判している。思想的な話はともかく、そうした専門家連中が一般大衆に対して秘密裏に心理操作を行なっていると云う事実を先ず知らなければ、人々が幻のパンデミックに怯えている現実は理解出来ない。この状況は何処までが計算の結果なのかは判らないが、意図的に作り出されたものだ。本書を読めば解る様にこれは陰謀論ではなく、或る程度まで具体的に証拠立てることが出来ることだ。このレビューを書いている時点(2021年8月)ではこの恐怖キャンペーンは遺伝子ワクチン接種を推進する為に更に過激化し、強制的な手段をも含む様になって来ているが、これがこの先何処までエスカレートするのかは見通せない。

 先述した様にこのパンデミック詐欺は資本主義再起動の為に利用されている。ここでは詳述する余裕は無いが、これは恐らく気候変動詐欺やSGDs詐欺とも連動している。これらの諸構想はテクノクラート、しかも官民パートナーシップの下でのテクノクラートが大きな役割を果たしており、著者の言う「サイコクラート」が陰に陽に策略を巡らせていることが確認出来る。これは一種の戦争だが、戦争に於ては敵の戦略や戦術を知っておく程重要なことは無い(従って大手メディア報道に基付いて現実を理解している人は、敵から与えられた情報に基付いて戦況を判断している様なものだ。勝てる訳が無い)。本書はその取り組みの為の手掛かりを与えてくれる。

 難点が有るとすれば、著者がどうやら反中プロパガンダを鵜呑みにしているらしいことだ。だが政治家やメディアが架空の敵を作り出してそれに対する「対策」を正当化するのは、何もパンデミック詐欺が初めてではない。「権威主義的な非人道的国家」とか「民主主義を弾圧する独裁国家」等の反共プロパガンダは百年以上も前から資本主義国の間で行われて来ており、それには途方も無い量の嘘や偏向情報が含まれている。今回は「敵」の中身が「殺人ウィルス」に変わり、正当化されるべき政府や軍や諜報部の「対策」が、今回は全市民参加型になったと云うだけの話だ。恐怖キャンペーンは2020年に突然始まった訳ではない、何十年もの同様の試みの積み重ねの上に出現して来たものだ。この辺りの分析は、今後の重要な課題として残されている。

ウィルス還元主義が引き起こす数々のパンデミック詐欺の狂気

Torsten Engelbrecht, Claus Köhnlein, Samantha Bailey, Stefano Scoglio著、Virus Mania 2021年版のレビュー。




 COVID-19パンデミック騒動なるものが何十何百もの巨大な嘘の集積体であり、恐らくは史上最大の医療詐欺である件については、早くから様々な代替メディアが熱心に繰り返し取り上げて来たが、中でも「そもそも新型のコロナウィルスなるものの実在は科学的に厳密な意味で証明されていない」と云うテーマに関しては、Off-Guardianが群を抜いている。本書はそこに寄稿している著者達が、医学界が何十年にも亘って、科学的に厳密な意味で病原体の存在や諸症状との因果関係が証明されていない感染症を次々に捏造し、有効性や安全性が証明されていない治療によって莫大な利益を築いて来た事実を明らかにするものである。

 2020年の第2版ではCOVID-19に関する1章が付け加えられ、非常に有益な洞察も含まれてはいたものの、全体的には継ぎ接ぎ細工の様な出来で、物足りない部分が多かった。2021年の第3版では更に充実した改訂が為され、COVID-19詐欺の医学的側面についての全体像がより理解し易い様になっている。Off-Guardianの記事を既に読んだ読者であっても、頭を整理する上で得られるものは多いと思うし、見逃していた点や理解が浅かった点について学ぶことも出来るかも知れない。

 「コロナで死んだ人は居ない」などと云う衝撃的なフレーズを突然耳にしたなら、大抵の人なら先ずは眉に唾するのが自然だろうと思う。私も「AIDSは詐欺」と云う言説は以前から知ってはいたものの、余りに信じ難い話だったので、長年真剣に勉強せず放置して来た。それを今になって信じる気になったのは、同じ様な手口で更に大規模な詐欺が実際に現実のものとして私達の日常を侵食して来る様になってからだ。今は以前の自分の不見識を恥じると共に、医学界の闇の底知れない深さに唖然とするばかりだ。巨額の軍事費を正当化する為に様々な外敵の脅威が捏造される様に、莫大な公衆衛生対策費を正当化する為に感染症が捏造される………まさか本当にそんなことがと私も思いたいが、そう疑うべき理由が本書には数多く挙げられている。

 医学界の腐敗は深刻だ。特に製薬業界は金融や軍事と云った腐り切った他の業界を抜いて、マーケティングやロビー活動の分野に最も熱心な業界である。日本の原子力ムラなど小物に見える強大な利権集団が世界中に根を張り、政界やマスコミや病院や研究所や規制当局を抱き込んでいる。ゴールドマン・サックスがお得意先に「病人を治してしまったら儲からない」と云う内部メモを回したのが発覚したのが2018年。「患者の治療は持続可能なビジネスモデルか?」などと云うことがこっそり議論されているのが、後期資本主義社会に於ける医療の実態である。最早モラルも人道主義も、企業利益の前にはものの数には入らないのだ。

 医学界でこの種の大規模詐欺が常習的に起こっているとは些か途方も無い話ではあるが、「現象(症状)と原因(病原体)との因果関係が証明されていない話をまことしやかに語る」と云うこの種のトリックは、政治の分野では有り触れている。最近の例で言えば、ウイグルの出生率低下は中国政府がジェノサイドを行なっていると云う証明にはならないし、NATOのロシア工作員が昏倒したと云う事実はプーチンが彼を暗殺しようとしたと云う証明にはならない。だが事実確認に必要な最低限の検証作業が素っ飛ばされ、根拠の疑わしい「証拠」が自称専門家やマスコミによって喧伝され、個々の衝撃的なエピソードによる印象操作が人々の理性ではなく情動を動かす様になると、多くの人々は具体的な証拠が全く欠落している情報をいとも易々と信じ込み、、少々の反証によっては揺るがない「物語」が心理的に形成されることになる。これを覆すには決定的な事実を積み重ねて合理的な疑いをひとつひとつ取り上げて検証し、冷静に筋道を立てて考える以外に無い。

 本書で取り上げられている主要な感染症は以下の通り。
 ・ポリオ
 ・AIDS
 ・C型肝炎
 ・狂牛病
 ・SARS
 ・鳥インフルエンザ
 ・スペイン風邪
 ・子宮頸癌
 ・豚インフルエンザ
 ・麻疹
 ・COVID-19

 本書を読めば、2020年に突如出現した様に見える史上最大のパンデミック詐欺が実は過去に何度も繰り返されて来た同様の詐欺の拡大版に他ならず、(この問題の思想的源泉はパストゥールとべシャンの論争にまで遡るが)具体的な手口としては少なくとも40年近くに亘って下地が用意されて来たものであることが理解出来る(但しCOVID-19パンデミック詐欺を包括する資本主義再起動計画「グレート・リセット」やワクチンを利用した全人類デジタルID管理計画「アジェンダID2020」等については、流石に守備範囲を大きく逸脱する為か扱っていない。飽く迄医学分野に限定した話題のみを扱っている本であることを念頭に置かれたい)。本書で提示されている代替仮説を必ずしも100%鵜呑みにする必要は無いとも思うが、少なくとも今まで聞かされて来た公式の説明に疑いを差し挟むべき数多くの合理的な根拠が存在することは、本書を読めば納得出来るのではないかと思う。

 2020年からの1年で、健康に対する私の理解は大きく変わった。人間は色々な原因から病気になるが、全てを単一のウィルスに帰着させてしまうウィルス還元主義は、知覚管理による視野狭窄の産物だ。それは人体の健康に対する私達の理解を貧しくする。本来感染症についての判断は臨床診断が優先されるべきだ。或る特定の症状が先に有ってクラスタリングが行われ、そこから帰納的な判断を積み重ねて病原体が特定されると云う方向で為されるべきなのだが、ウィルス還元主義の立場ではこれが逆になり、先ず特定の病原体が(疑わしい根拠に基付いて)前提され、そこから演繹する形で様々の症状が(曖昧な感染症の定義や、或いは問題点の多いPCR検査や抗体検査等の手法を通じて)恣意的に再定義されることになる。この発想に疑問を持たなければならない。例えば「COVID-19はパンデミックではなくシンデミックである」と云う主旨の論文が2020年9月の『ランセット』に載ったが、この様に全てをウィルスに帰着させるのではなく、人体の健康についてよりホーリスティックな視点に立って、人体を多様で複雑な開放系として捉える見方が主流になれば、現在の医療や医学研究の在り方は根底から激変するだろう(当然、そうした流れは製薬企業の利害とは真っ向から対立する訳なのだが)。

 「専門的な話で難しくて素人にはよく解らない」では最早済まされない。公式の物語に対して疑問を抱かず、黙って現在目の前で進行する公衆衛生ファシズムに屈従し、監視され管理されることを受け入れるのか、それとも敢えて謎の多い領域に足を踏み入れ、真実が何処に有るのか大胆な推論や考察を積み重ねてみるのか、個々人がそれぞれの責任に於て試行錯誤し、決断しなければならない。今こそ正に、感染症や健康や治療全般についてのドラスティックなパラダイム転換が求められている。気付いた人から声を上げねばならない。

マスク社会は核兵器より恐ろしい人間性破壊兵器だ。

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 COVID-19パンデミック詐欺は、観客参加型の巨大な巻き込まれ演劇だ。観客が参加する方法は色々有るが、最も簡単で最も普及し、且つ非常に効果的なのが、マスクの着用だ。

 マスクを着用することは、一種の信仰表明だ。「私は政府の物語を信じます」、或いは「少なくとも信じるフリをします」と云う意思を、マスクと云う徴標を使って誰からも見える様に可視化することによって、人々は外出したり店に入って買い物をしたり食事をしたり電車に乗ったりする度に、「政府の物語を信じている、或いは信じるフリをしている人が世の中にはこんなに居るんだ」と云うことを再確認し合う様になる。マスクを着けることによって市民一人ひとりが政府の語る公式の物語に自発的に、或いは少なくとも自発的であると云う幻想を抱いて参加する様になり、それだけで「私達は皆同じ物語の中を生きている共演者なのだ」と云う「信号」を周囲に対して発することになる。人々は自らが公式プロパガンダの担い手と成り、政府の物語を自分達の日常生活の場面に於て再確認、且つ拡大再生産し、自覚無き布教者の役割を担うことになる。これは自己強化型の洗脳なのだ。

 と同時にマスクは市民を選別し分断するシステムとしても機能する。マスクによって政府の公式の物語を信じて服従する者とそうでない者とがはっきりと可視化され、人々は古典的な分断統治の罠に自らが嵌ったと云う自覚が殆ど無い儘(分断は「科学」と云う偽の大義名分によって不可視化されている)、非国民狩りを当然しする様な心理状態に日々追い込まれて行く。これは日本風に言えば21世紀版の国民服であり、ナチスがユダヤ人に着けさせた「ダビデの星」の進化型だ。

 シグナリングによるナッジングには法的な強制力は無いのだが、現実の場面では恰も法的な強制力が有るかの様の機能する。民主主義の仮面を被っていたいプルートクラシーの国々の支配者にとっては、その方が都合が良い。暴力的弾圧に支えられた支配より、人々の自発的服従に支えられた支配の方が維持は容易いし、より強固だ。それは事実や科学に則っている場合も有るが、マスク政策に関しては完全に科学を無視している。

 マスクによる感染予防効果については何十年も前から何十本も論文が書かれており(例えばこれこれ)、全てが同じ結論と云う訳ではない様だが、大枠の答えは既に出ている。マスクで感染予防が出来ると云う主張を支持する科学的証拠は殆ど無く、仮に効果が有ったとしても極めて限定的だ。少なくとも「何時でも何処でも誰でもマスク」と云うユニバーサルマスク政策を支持する証拠など皆無だし、そもそもユニバーサルマスクの有効性を科学的に証明する論文は理論的に不可能だ。

 現在マスク着用を推奨乃至強制している各保健機関は、勿論そんなことは十分承知している。感染症の世界的権威機関である米CDCは「サージカルマスクで空気中の微粒子(ウィルス)は防げません」とはっきり断言しているし、WHOのパンデミック詐欺前後のレビューを比較してみても、(2019年2020年)、それまでの数十年分の科学的知見を引っ繰り返す様な発見が行われてユニバーサルマスクが有効であることが判った、などと云うことは一言も言っていない。AIDSによってパンデミック詐欺の手法を確立した重要な立役者であるNIAIDの詐欺師ファウチ博士も、2020年2月の段階で「ドラッグストアで購入する一般的なマスクは、実際にはウイルスを防ぐ役には立ちません」と発言していたことが明らかになっている。COVID-19の恐怖キャンペーンが最も苛烈だった英国に於ても、SAGEがユニバーサルマスクに科学的根拠が無いことを承知していたことは公式文書(これこれ)から確認出来る。2009年の豚インフルエンザ・パンデミック詐欺の時にもマスク着用は推奨されていなかったし、世界中の各保健機関は、少なくとも2020年の3月までは、マスク着用を推奨していなかった。方針が変わったのは、詳細は不明ではあるが、恐らく何等かのロビー活動が行われた結果であって、科学的知見が変わった訳ではない。変わったのは政治だ。

 ユニバーサルマスクの狂気が世界中を吹き荒れた後でさえ、その有効性を証明する論文は書かれていない。米CDCの研究ではマスク義務化の効果は僅か1.32%であると結論付けているし、マスク着用を含む非医薬品介入には感染を防ぐ保護効果を裏付ける証拠は無かったと云うレビューさえ出している。マスクの有効性を証明した論文は、ランダム化比較試験すら行っていない様な良い加減なものばかり。デンマークで行われた最も大規模なランダム化試験でも有意な差は出なかったが、これは主要な医学雑誌に掲載を拒否された。

 それどころかユニバーサルマスクは到底推奨出来ないものと結論を出しているドイツで書かれた包括的レビューでは、「マスク誘発性倦怠症候群」、即ち血中酸素欠乏、CO2上昇、呼吸障害、心拍数増加、疲労、頭痛、目眩、認知能力や運動能力の低下、視界障害、皮膚疾患、精神的ストレス等々の、マスクの長期着用が齎す実に様々の健康被害が指摘され、マスクが無益どころか非常に有害であることが証明されている。他にも虫歯、顔面変形、痒疹、COVID-19感染と重症化リスクの増大、細菌性肺炎、免疫力低下、潔癖症による非着用者に対する敵対行動、有毒な発癌性物質、子供の精神的・感情的・肉体的発達に与える被害等々、マスクが齎す様々な健康被害や社会的・心理的悪影響等について指摘する識者は後を絶たない(例えばミーハンコールマンマンリー)。これだけの被害が予想され、また実際に確認されながら、尚盲目的にマスクを着け続けろと唱えることに一体どんな合理性が有り得ると云うのだろうか。これは科学の名を騙った政治的暴力でしかない。

 更にはマスクを構成するマイクロプラスチック繊維各種ポリマー等も人体にも勿論有害だが、パンデミック詐欺により消費が激増したマスク(毎分300万枚!)は地球環境にも深刻な影響を与える可能性が指摘されており、それが新たな感染症の出現を促す可能性すら有る。なのに規制は後回し。被害は刻々拡大しつつあるのに、環境保護には全く効果の無いレジ袋削減は叫ばれても、こうした本物の環境破壊は盲目的なヒステリーの中で平然と放置されているのが現状だ。

 御用学者やマスコミは「科学の声に耳を傾けろ」としつこく自分達の主張を押し付けて来るが、ならばこうした諸々のリスクについて冷静な議論が行われるのを見た人が居るだろうか? 科学とは世界の在り方を調べる為のひとつの姿勢であって、「権威」を自称する特定の誰かが占有しているものでも、すべきものでもない。自分の知性を活用したい万人に対して開かれているべきものだ。だが議論やリスク計算は大衆の目には届かない所に隠されている。真実を求めて自発的な努力を行う少数の者達だけが、こうした情報に接する機会を得ることが出来る。両者のリテラシー格差は、大手メディアの寡占が進んで多様性や自由が失われ、検閲や言論統制が益々酷くなって行くこの状況では、現実像そのものの乖離となって現れて来る。そして従来の「左派」の大半は、科学を装った似非科学による世論誘導の猛爆撃にコロッと引っ掛かって、寧ろ議論の拒否や異論分子の封殺を率先して歓迎しているのが現状だ。科学を政治化する無責任な御用学者や政治家やグローバル企業のいいなりになる左派など、最早左派ではない、頭脳を持たぬ単なる操り人形だ。

 これは医師についても同様だ。驚いたことに、自覚的に嘘を広めている御用学者ではない一般の医師達の多くが、本気でマスクに感染予防効果が有ると信じていることが、このパンデミック詐欺によって明らかになった。彼等は基本的に教科書に書かれてあること以外は何も知らないのだろう。上から「マスクには感染予防効果が有るのだ」と言われれば、何も疑問を持たず、自力で論文をチェックしたりもせず、ハイハイと言われた通りに信じるのだろう。だがそれでは駄目なのだ。疑問を持って調べる作業が伴わなければそんな良心も無意味なのだ。個々の医師の殆どは、彼等なりの良心の持ち主であろうと思う。だが適切な知識を欠いた良心は、巨大な嘘が横行する時代に在っては悪意と区別が出来ない。彼等は今日も、百害有って一利も無いマスクを着けろと患者達に命じているのだろうか。

 ユニバーサルマスクとは、人々から自律的な思考を奪い、服従させる為の心理的兵器であり、分断統治の為の政治的システムだ、健康や公衆衛生とは全く何の関係も無い。用いられている科学は行動心理学であって、医学や疫学ではない。「人間の感情の中で最も古く最も強いものは恐怖である。そして恐怖の中で最も古く最も強いものは未知のものに対する恐怖である」は怪奇小説作家H.P.ラヴクラフトの言葉だが、この知見を兵器化し、人々の行動や思考を操作する為に利用しているのが、政府や国際機関等で働いている現代の御用行動心理学者達だ。彼等はそれが人々の健康や生活に及ぼす影響など気にしない。目的は「政府の命令に人々を従わせること」、それだけだ。

 マスクの着用が個々人の健康に与える様々な悪影響も勿論心配ではあるが、それより遙かに危惧すべきなのは、「マスク社会」が齎すインパクトだ。これは一般に想像されているより遙かに壊滅的な被害に繋がるであろうと考えるべき理由が有る。

 最初に触れた様に、人は周囲の人々が信じている(様に見える)ものを信じ易い。マスクを着用することで、人々は政府が信じさせようとしている嘘の物語に自ら参加する。公式プロパガンダが日常的に可視化されれば「恐怖の殺人ウィルス」と云う虚像がより説得力を持つ様になり、自己強化型の信仰が形作られる。他ならぬ自分が参加している物語を疑えるだけの自律性を持った人間は少ない。自ら巻き込まれることで、嘘は実感を伴った現実になり、やがて事実に取って代わる。

 だがその物語は最初から嘘なので、どれだけ努力したところで「効果」など出ない。似非科学に「効果」など期待出来る筈が無い。だが問題になっているのは事実ではなく物語だ。努力に対して御褒美が得られなかった人々は、「自分が何をやっても無駄だ」と云う無力感を学習する様になる。何を信じて良いのか分からず、権威に対してより従順になり、自ら進んで思考停止する様になる。これはマインドコントロールの古典的なプロセスだ。更なる嘘を吹き込まれて洗脳が完了した人々は、やがて物語の欠落部分を自力で補完する術を覚える様になる。「これは何かおかしい」と思う代わりに、物語の全体性を損なわずに済む様な新しい「説明」を、自ら発明してしまうのだ(例えば、「マスクを着けない奴が/自粛しない奴が/ワクチンを打たない奴が居たのが悪いのだ」)。予言が何度外れても、教義を疑うどころか寧ろ更に信仰の度合いを強めるカルト信者に、それは似ている。物語に幾ら矛盾や欠落が有ろうとも、カルト信者にとっては問題ではない。問題なのは個々の事実ではなく、物語が与えてくれる全体像なのだ。問われているのは信仰の全体系、世界観なのだ。コロナカルト信者に幾ら事実を突き付けても彼等の信仰がビクともしないのは、こうした視点から考えてみないと理解が出来ない。彼等は途中から自らも共犯となって作り上げた見えない檻の中に、自ら閉じ籠っているのだ。

 現在グローバルに展開している強制収容所2.0に、檻は存在しない。必要が無いのだ。檻など存在していないことに気が付いた人、或いは最初から気が付いていた人達は、そこでは歓迎されない。彼等は異端分子なのだ。信仰を脅かす異教徒なのだ。彼等は排斥されねばならない。健康ではなく、生命でもなく、信仰を守る為にこそそうならなければならない。信仰は他のあらゆるものを犠牲にしてでも守られねばならない。これは実存を―――と言うよりは寧ろ実存からの逃避を賭けた闘いなのだ。

 だが勘違いしていはいけない、この状況が自発的に発生したものだなどと思ってはいけない。これは意図的に仕掛けられたものだ。どの程度まで計画的に仕掛けられたものなのかについては大いに議論の余地が有るだろうが、大きな被害を出すことが判っているにも関わらず科学が政治によって捻じ曲げられているのは確かであり、そしてそこに人間の意図が働いていることもまた確かなのだ。ここを間違えたりしなければ、今何が起こっているのかの一面がはっきり見えて来る様になる。そこで行われているのは、人間性を剝奪する為の大規模な社会実験、心理実験だ。恐怖によって人々の思考能力を奪い、人々が状況を判断出来なくなっている隙に、人間と人間社会にとって最も基本的な諸特性―――触れ合いや表情や肉体的近接性等、個人を肉体的個人たらしめるもの、社会を肉体的に成立させるもの―――を奪い去り、人が人である限りに於て最も根源的な主権である肉体の主権を権力者達に委譲させる企みが進行している。後にやって来るのはデジタルID、個性を剝奪された表情を持たぬデータとしての個人情報だ。人類の歴史上、ここまで徹底した大規模な非人間化の試みが為されたことが有っただろうか。先例は幾つも思い付く。何度も繰り返し行われたて来たことだ。人類の歴史は非人間化の試みに満ちている。だが文字通り全人類がここまではっきり極端に分断されたことが有っただろうか。帝国主義は最早自国民をも植民地人と同じ様に扱っている………。

 マスク社会が齎す被害は、特に子供に於て顕著だ(例えばこれこれ。そもそも子供が感染源であると云う主張にも根拠が無く、子供がマスクを着ける必要性は無いのだが)。誰だって、成長期真っ盛りの子供達に十分な食事を与えないことは虐待だと理解出来る。だが子供達に十分な呼吸をさせず、過剰な消毒によって免疫系を弱体化させ、普通に遊び回らせず、互いに触れ合う機会を奪うなどと云うとんでもない虐待が、選りにもにも選って「子供達を守る」と云う名目の下に、子供達の親達によって行われている! ここまでの狂気の横行は、後世の人々の目にはどの様に映るだろうか? これから更に増加するであろう子供の慢性疾患を前に、親達は何を思うのだろうか?

 誤解の無いように言っておくが、私が言っているのは「子供にマスクを着けさせる危険性」だけではない、「周囲の大人達が全員マスクを着けた状態で子供を育てることの危険性」も含まれている。マスクを着用していると、感情を読み取る際に強い混乱が起こることが知られているが、子供は適切な時期に顔認識能力を獲得することに失敗すると、後からこれを挽回することは出来ない。小さい頃に周囲の顔を読み取る機会を与えられなかった子供は、後々相貌失認へ繋がる危険性を抱えることになる。個人や社会が成り立つ上で、顔による判別やコミュニケーションは最も基本的な要素だ。顔を見て相手が誰だか判らない、相手が何を感じ、何を考えているのが解らない、或いは自分の意思や感情をどうやって顔の筋肉を動かして伝えれば良いのか分からない、と云う状態で、一体どうやって人間社会を維持して行けるだろうか。既にこれらの能力を獲得してしまった大人からしてみれば想像するのは難しいが、想像してみるべきだ。それはこんな状況の出現を許してしまった大人達全員の責務だ。未来の子供達から表情を奪っているのは、この流れを止められない私達だ。

 肉体的接触の喪失や、常態化した虐待(親達の自覚の有無に関わらず)は、遺伝子レヴェルで子供達を変えてしまう。身体機能も衰えるだろうし、自殺も増えるだろう。子供達に「死なない為に人生を放棄せよ」と命じることが、本当に子供達の為なのだろうか? そんな生に一体何の意味が有るのだろうか? 生きる喜びを悉く奪い去っておいて、「子供達を守っている」などと自認するのは、この上無く倒錯的な偽善ではないだろうか? 大人達のエゴの為に子供達の人生を台無しにする様な愚行は、今直ぐに終わりにしなければならない。この狂気は一切の留保条件無しに、今、直ぐに、ここできっぱり終わらせなければならない。

 マスク社会の被害の真の恐ろしさは、パンデミック詐欺が始まって1年半以上経ってようやく少しずつ明らかになって来たところだ。米ロードアイランド州で行われた調査では、パンデミック中に生まれた子供達には言語、運動、認知能力に於て大幅な低下が見られたことが明らかになった。平均知能指数は、パンデミック前の子供達を100とすると、何と78まで下がっていた。日本で言えばこれは境界知能と呼ばれるレヴェルで、通常は認知障害でもなければこれ程の急激な低下は有り得ないそうだ。最大の要因として指摘されているのは、「自宅での刺激と人との相互作用の欠如」。これはコロナ「対策」によるマスク社会をこの儘続ければ、知的・精神的・肉体的に虚弱な子供達がどんどん増え続けると云うことだ。いや「増える」どころの話ではない、それが次世代の平均的な姿になってしまうのだ。病気も確実に増えるだろう、平均寿命も大幅に短くなるだろう。そんな可能性を具体的に想像出来るだろうか? 経済的にも社会的にもコロナ「対策」によって大ダメージを受けて疲弊した大人達に、平均IQがいきなり20ポイント以上も下がってしまった新世代を受け入れるだけの余力は有るだろうか? 只でさえ社会全体が分断の罠に嵌って包摂性を著しく下げている。この儘では恐らく弱者排斥の動きが出て来ることは避けられない。人々は喜んでスケープゴート探しに精を出すことだろう。私にはこの予想が杞憂だと言い切る自信は全く無い。

 そして現行の複雑な人類文明はその儘では維持することは困難になるだろう。「人類文明崩壊のシナリオ」は昔から様々なSF作家や未来学者が思い描いて来たことだが、その実現可能性をここまで切迫した問題として実感したことは、私は未だ曾て無かった。核兵器は怖い、殺人ワクチンも怖い。だが「次世代が丸ごと脆弱化することによる文明存亡の危機」などには全く心構えが出来ていなかった。これは最早文明存亡を賭けた闘いだ。人類が気付くのが遅ければ遅い程それだけ致命傷になる。最早猶予は無い。
 
 ファシズム2.0の時代へようこそ。1%対99%の全面戦争はもうとっくに始まっている。子供達に流す涙が残っている内にこの流れを止めなければならない。次世代の子供達は涙の流し方すら知らないかも知れない。彼等は超富裕層テクノクラート連中が作った途方も無く馬鹿気たマスク(これこれ)を着けさせられて一生を終えることになる。

 私が最近よく思い出すエリック・ホッファーのアフォリズムにこんなのが有る。

 「愚かさとは、必ずしも単なる知性の欠如ではない。それは堕落の一種でもありうる。善良な心の持ち主が、本当に愚かになりうるかどうかは疑わしい。」

 私達にまだ良心が残っているなら、(まだマスクを着けているならマスクを取って)子供達に微笑むことから始めよう。そして、全力で今何が起こっているのか理解することに努めよう。抵抗は何よりも先ず現状の正しい理解から始まる。疲れたらスピノザの知恵を思い出そう、「嘲笑するな、嘆くな、呪うな、とにかく理解せよ」。

マスクか、失業か? 何時まで続くんだ、この狂気は………?

2021/08/12(木)&14(土)の呟きより

職場でのワクチン接種義務化が合法化されたら、また失業の恐怖と戦わなければならなくなる。解る人には解ると思いますが、あれは本当にしんどい。心が折れます。なのでその意味でも、接種義務化を支持する人でなしの大馬鹿野郎共を私は心の底から憎みます。ふざけんな!



所謂「感染拡大」とやらの所為で、私の居る職場でもコロナ「対策」圧力が強くなり、私もいよいよ非常に不本意ながら忖度マスクを着ける選択を強いられることになりました。

よっぽど正面から反論してやろうかとも思ったのですが、コロナカルト信者相手に幾ら科学的証拠や法律を提示してみたところでのれんに腕押しであろうことは目に見えているし、組合も経験も無いので会社との交渉も難しい。

私は元々世渡りが非常に下手なので、この不況下、しかも何処もコロナ「対策」圧力が強まっているであろう状況では、失業するハメにでもなったら再就職する自信は全く有りません。先立つものが無ければ信念も貫けない。情け無い話ですがこれが偽らざる私の置かれている状況です。

個人的な局所戦では自分自身と社会全体に対する責任を放棄して一時撤退するのも止むを得ない。ですがこの撤退は何時まで続ければ良いのでしょうか。何時まで耐えればこの公衆衛生ファシズムの嵐は通り過ぎてくれるのでしょうか。

自然にそうなることが無いのは確かです。抵抗しなければずっと続くでしょう。ですが抵抗と言っても洗脳が解けているのは極くごく少数派。世界全体では希望も持てる動きも有りますが、日本では殆ど絶望しか見えない。

まぁ、ロックダウンによる経済破壊とワクチンによる人口削減の影響は時限爆弾の様なものなので、何れそれが臨界を迎えて社会全体が本格的に崩壊してしまえば、そんな心配も無用のものになってしまうのかも知れませんが………。「どうせ破局が来るならぐずぐずせずにさっさと来てくれ」と云う心境です。
プロフィール

川流桃桜

Author:川流桃桜
一介の反帝国主義者。
2022年3月に検閲を受けてTwitterとFBのアカウントを停止された為、それ以降は情報発信の拠点をブログに変更。基本はテーマ毎のオープンスレッド形式。検閲によって検索ではヒットし難くなっているので、気に入った記事や発言が有れば拡散して頂けると助かります。
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