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一億総カルト信者時代の孤独

 先日私的な理由で(またしても)COVID-19ワクチン接種の現場に立ち会う羽目になった。4回目だ。私が直接手を下す訳ではないが、ジェノサイドを傍観すると云うことは消極的に加担するのも同じことなので、正直言って気分は良くなかった。

 だが私が、皆さんが安全で有効で必要だと思っている「ワクチン」なるものは実は皆さんの知っているワクチンではなく、安全でも有効でも必要でもありません、これは人殺しです、などと叫んでみたところで、私の頭がおかしいと思われるのがオチだ。人は一度聞かされた真実よりも百回聞かされた嘘の方を信じる傾向が有る。それはこの一年半で嫌になる程思い知らされた。何しろ向こうは何十時間、何百時間、何千時間と掛けて、自分から腐った御用学者や政治家の口にするゴミ情報をぎっしり詰め込んでいて、頭の中がゴミ屋敷状態になっているのだ。私の様に最初からゴミ情報と役に立つ信頼度の高い情報を分別して、ゴミだと判ればさっさと自分の頭の中から放り出すよう心懸けて来た人間が、今更真実を詰め込んでやろうと声を張り上げてみたところで、先ずはその大量のゴミの分別を何とかしないことには、相手に耳になど届く筈が無い。基本的に真実は自ら受け入れる用意の有る者にしか開示されない。全力で毎日ゴミの山に頭を突っ込んで自ら妄想を逞しくしている人達が、「ひょっとして何かおかしいのではないだろうか」と疑問を持つ勇気と知性を持たない限り、他人が幾らどうこう言ってみても無駄だろう。彼等は最初に入口を間違えてしまったので、出口の無い迷宮に入り込んでしまったのだ。

 COVID1-19ワクチンに殺された人の数は、厚労省の人口動態データを見る限りでは日本国内だけで約10万人と云ったところだろうか? まぁ1,000人に1人程度では、彼等が疑問を持ち始めるのには十分ではないのだろう。100人に1人、10人に1人と云う比率でバタバタ人が死に始めるまで、彼等は自分達の体を遺伝子改変装置によってオンデマンドの毒物生産工場に変え続けるのだろうか? まぁ大人達は自分達の責任だとも言えるが、それに巻き込まれる子供達はどうなのだろうか………?

 「痛いのは効いている証拠!」―――何だそりゃ。なら全身が真っ赤に腫れたりベル麻で顔面が引き攣ったり壊死を起こして手足を切断したり、心不全を起こして死んだりしたら満足なのか? 「医者は何よりも先ず患者に害を与えてはならない」と云うヒポクラテスの誓いは何処へ行った? 何故「治療によって害を受ける」ことが前提の医療なるものについて、誰も疑問を抱かないのか? ああ、それも仕方が無いのか、「副作用(本当は本作用だが)」を当然視する発想を、彼等は生まれた時からずっと叩き込まれて来たのだ………。

 「これ何の注射?」「悪い風邪に罹らないようにするのよ」―――いやいや看護師さん、「コロナは風邪」ではない!と云う話はどうなったんだ? インフォームド・コンセントの原則は一体何処へ行った? 何故皆ワクチンメーカーが保証してすらおらず、そもそもその為の機序が備わっていない「ウィルス感染症予防効果」について、そうも確信に満ちて語っているのか?

 ああ、そうだとも、WHOがワクチンの定義を変更したからだ。彼等は中身を見ず「ワクチン」と云うレッテルだけを見て、今までと同じ仕組みで害の無い(つまり彼等が気付かない程度には少ない)薬物だと思い込んでいるのだ。ワクチンマフィア共はレッテルがどれだけ重要か心得ている。「これは薬ですらない遺伝子治療装置で、まだ人間で試したことは有りません」などと正直に話したら、95%の人はそんなものを自分の体の中に入れたがらないと承知している。見掛けはこの際死ぬ程重要だ。中身が毒であろうとも薬だとラベルを貼れば殆どの人は疑いを差し挟まない。

 世界中のデータが、COVID-19ワクチンが毒以外の何物でもないことを示唆しており、公式のデータが今現在疑い様も無く記録史上最悪の医原性災害(薬害事件)が進行中であることを明らかにしていようとも、彼等は自分で調べたり、そうしたニュースを扱っているメディアにアクセスしたりはしない。何か有ればTVや新聞が取り上げてくれる筈だと、これまでの薬害や公害事件が教えてくれた一切の教訓を忘却して、無邪気に無根拠に信じ込んでいる。世の中には腐った連中も居るかも知れないが、お医者さんや科学者の先生達、メディアの記者さん達は、ちゃんと自分達の仕事をしてくれている筈だ………腐ったシステムの中で「ちゃんと自分の仕事をする」とは、つまりは腐った上の連中の腐った嘘に加担すると云うことだ。だが彼等はこの世がどれだけ腐っているかを知らない。ワクチンマフィアの腐敗が日本の原子力ムラなどのそれに比べて文字通り桁違いであると云う事実について耳にしたことが無い。だってTVでやらないから。おかしいな、ワクチン打てば終わる筈じゃなかったのかな。まぁいいや、やるべきことをやって、専門家の言うことに従っていれば、災厄はワイドショーを観ている内に通り過ぎて行くかも知れない………。

 彼等は騙されていると云う自覚が無いから、何度でも平気で同じ手口の嘘に引っ掛かる。そうこうしている内に心理的なサンクコストが積もり積もって、「自分がこれまで頑張って我慢して来たことが全て無駄だったなんて、そんな筈は有り得ない」と云う心理的防衛機能が、恥知らず共の嘘を分厚く覆い隠してくれる。この場合、時間は嘘吐き共の味方だ。時間の経過と共に「何かおかしいんじゃないか」と思い始める人も出て来てはいる様だ。だが過度な期待はしない方が良いだろう。ものを考えない為の言い訳など、人間は幾らでも思い付けるのだから。

 他方、接種会場の外に出ると、TVが「過去最大の感染者数」を報じている。おいおい、皆さん、ワクチンを打ったら感染を抑えられると信じたから打ったんじゃないのかい? なのにワクチンを打ったら感染が終息するどころか寧ろ拡大している。明らかに彼等の期待とは逆のことが起きているのに、彼等は何も疑問には思わないのだろうか? いや、危機感を煽られれば煽られる程、彼等は「もっと頑張らなきゃ」と思うのだろうな。視野狭窄は視野狭窄を拡大再生産する。論理的な矛盾が拡大すればする程彼等は頑なになる。世界中のデータが、COVID-19ワクチンは寧ろ逆効果でしかないことを示しているのに、彼等は気にしない。彼等はそもそもその種の情報には接しない。私は日常的にそうした情報に触れてはいるが、それは恐らく偶々私が彼等よりも世界の嘘に気が付くのが少しだけ早く、ゴミ情報ではない信頼出来る情報源を探して何年も模索を繰り返して来たからに過ぎないのかも知れない。巡り合わせが違っていれば、私自身も彼等の狂乱の宴に参加していたのだろうか。私は別段彼等よりも頭が良い訳ではない。只ほんの一寸頭を使って疑問を持つ習慣を身に付けていたのと、ほんの一寸幸運だっただけ………。

 置いてある新聞を開けば、行政府が一面広告で、エアロゾル感染への注意を呼び掛けている。待ってくれよ、今までのユニバーサルマスクだの社会的距離だのアクリル板の仕切りだのは、COVID-19の感染経路は空気感染ではなく飛沫感染と云う前提の上に成り立っていた話ではなかったのか? つまり気にすべきなのは、くしゃみや咳の力を借りなければ2m以上移動出来ない大きな飛沫だけであって、空気に乗って何十mも好き放題移動する小さな飛沫(エアロゾル)にはウィルスは含まれていないか、含まれていても気にしなくても良いと云う、科学的にはどう云う根拠が有るのかさっぱり解らない仮定を受け入れることで、今までのコロナ「対策」は意味を持って来たのではなかったのか? つまりこの広告は、今までのコロナ「対策」は前提が間違っていました、実は無意味でしたと当局自身が認めているも同然なのに、この矛盾に誰も気が付かないのだろうか? これは論文を何十本も読まなくとも、論理的に思考する意志と能力さえ有れば、中学生でも気が付くことの出来ることだ。周囲の人々は一体自分達の脳味噌を何処に置き忘れて来てしまったのだろうか?

 学校は自分の頭でものを考えるな、根本的な疑問を持つなと子供達に叩き込む所だ。だがそんな所でも反逆する子供達は必ず居るものだ。そう云う子等は、今は周囲の同調圧力に屈して息を潜めているだけなのだろうか、それとも、事態の余りの大きさに想像力が付いて行かず、途方に暮れているのだろうか、それとも自ら思考停止の道を選び、悪夢が終わるまで何も考えないようにしているのだろうか? だがこの悪夢は、自分達からキッパリと「もうこの嘘には付き合わない」と宣言しない限りは、決して終わることが無いのだ。個々人がその気になりさえすれば、今この瞬間にも悪夢は終わらせられる。だが個人でいることは、つまり自分の頭で考え、疑い、調べ、判断し、決断を下すことは、勇気が要る。こうも同調圧力が強力な状況では、自分を信じ、孤立を恐れないでいることは容易なことではない。承認欲求は相当程度諦めなければならない。だが要請される「自粛」だの学校閉鎖だのユニバーサルマスクだので心理的に追い詰められた子供達は、他者からの承認にどれだけ飢えていることだろう。彼等には酸素も他者との接触も足りていないが、「この世界に居ても良い」と云う無条件の承認もまた不足しているのではなかろうか。何しろ彼等は存在するだけで周囲に病気をバラ撒くかも知れない潜在的な脅威、地球や公衆衛生にとって害を齎す可能性の有る、存在しない方が良い存在なのだ。だから罰として毎日顔に息苦しく不快な拘束具を着けさせられているのだ。親や教師や周囲の大人達、或いは周囲の同年代の子供達からすら、何度も何度もロシアンルーレットに参加して恐怖と苦痛に苦しめと勧められているのだ。全く、彼等は何と云う不運な時代に生まれ落ちたことだろう………。

 私は巨大な嘘との闘い方を碌に知らない。私もまた、民衆運動が弾圧され骨抜きにされ、組織的基盤も思想的基盤も奪われた時代に育った一人だ。おまけに性格的にも、誰かと協力して何かをやるのは大の苦手と来ている。私は所詮一介の頑固な一夢想家以外のものではない。子供の頃から独りでいるのが当たり前だった。周囲の人々の見ているものと私の見ているものが全く違うのが普通だった。今はそれではいけないことは解っているが、自分にからっきし行動力が無いことも骨身に沁みて解っている。だが手を拱いて何もしない訳にも行かない。残念ながら私は巨大な嘘に気が付いてしまっている極く少数派に属してしまっているらしいので、知ってしまった者の責任を果たさない訳には行かないのだ。だからこうして今も(SNSを禁止されても)ネットの片隅でぶつぶつ呟いている。だがプーチンがオリバー・ストーンのインタビューで言っていた通り、それが一体何になるのか? 数十人だか数百人だかが私が細々と発信している情報に偶々触れたからと云って、それで何がどう変わる? 目の前の集団狂気はどうやったら止められる? 彼等に私の声は届かない。COVID-19パンデミック詐欺だけに限って言っても、この2年半で大きく開いてしまった溝を、どうやって埋めれば良い? 私と彼等は全く別の宇宙に住んでいるのに………。無論これは何よりも先ず自分の為にやっていることだ。自分を許せなくならないようにする為にしていることだ。なので後悔は別に無い。だが時々どう仕様も無く無力感を思い出してしまうことが有るのだ。

 この国は今や一億総カルト信者時代だ(古い表現だとは承知しているが、総人口の8割以上、1億人以上が既にCOVID-19ワクチンを接種してしまっているのだから、強ち大きく間違っている訳でもないと思う)。コロナカルト信者に事実や理屈や科学は通用しない、彼等が信じるのは自分達の認知的枠組みに沿った物語だけだ。基本的に私に今出来ることは、彼等の認知的不協和が積もりつもって臨界点を迎え、何かの瞬間に決壊するのを待つことだ。その時の為にこつこつと目の前の嘘を片付けておくことだ。被害が今より更に広がるのは最早避けられないだろうが、それは仕方が無い。彼等の信仰をマスコミや御用学者が勝ち得てしまっていた時点で、この勝負は始まる前から負けてしまっていたのだ。少なくとも、それは私独りの責任ではないが、それも言い訳に過ぎない。「無為」を「無力」や「無能」に摺り替えてみたところで、現状が変わってくれる訳ではない。私はカルトの巣窟に迷い込んでしまって途方に暮れている異邦人だ………。

 このエッセイに特に結論は無い。目の前で進行するジェノサイドを止められない自分に多少嫌気が差して、愚痴ってみたくなっただけだ。私は相も変わらず憮然として歯を食い縛って本を読んで多少書き物をする。時々希望と笑顔に触れて人類の未来を信じてみたくなる。だがそれと同じ位時々、世界が自分の手の平から零れ落ちて行く感覚を止められない。



戸嶋靖昌、自画像。

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マスクか、失業か? 何時まで続くんだ、この狂気は………?

2021/08/12(木)&14(土)の呟きより

職場でのワクチン接種義務化が合法化されたら、また失業の恐怖と戦わなければならなくなる。解る人には解ると思いますが、あれは本当にしんどい。心が折れます。なのでその意味でも、接種義務化を支持する人でなしの大馬鹿野郎共を私は心の底から憎みます。ふざけんな!



所謂「感染拡大」とやらの所為で、私の居る職場でもコロナ「対策」圧力が強くなり、私もいよいよ非常に不本意ながら忖度マスクを着ける選択を強いられることになりました。

よっぽど正面から反論してやろうかとも思ったのですが、コロナカルト信者相手に幾ら科学的証拠や法律を提示してみたところでのれんに腕押しであろうことは目に見えているし、組合も経験も無いので会社との交渉も難しい。

私は元々世渡りが非常に下手なので、この不況下、しかも何処もコロナ「対策」圧力が強まっているであろう状況では、失業するハメにでもなったら再就職する自信は全く有りません。先立つものが無ければ信念も貫けない。情け無い話ですがこれが偽らざる私の置かれている状況です。

個人的な局所戦では自分自身と社会全体に対する責任を放棄して一時撤退するのも止むを得ない。ですがこの撤退は何時まで続ければ良いのでしょうか。何時まで耐えればこの公衆衛生ファシズムの嵐は通り過ぎてくれるのでしょうか。

自然にそうなることが無いのは確かです。抵抗しなければずっと続くでしょう。ですが抵抗と言っても洗脳が解けているのは極くごく少数派。世界全体では希望も持てる動きも有りますが、日本では殆ど絶望しか見えない。

まぁ、ロックダウンによる経済破壊とワクチンによる人口削減の影響は時限爆弾の様なものなので、何れそれが臨界を迎えて社会全体が本格的に崩壊してしまえば、そんな心配も無用のものになってしまうのかも知れませんが………。「どうせ破局が来るならぐずぐずせずにさっさと来てくれ」と云う心境です。

理屈の楽しさを知らない人達。

2021/01/01(金)の呟きより。

「理屈」を毛嫌いする人種が居る。「世の中理屈じゃない」「そんなのは理屈だ」と云う感じに、論理的に相手に反論する能力を持たない人達は、往々にしてちゃぶ台返しをして論理的思考を拒否し、権威や情動等のドクサに訴えたがる。

論理的に考える訓練を積むのは楽しいことだ。色々なことが解る様になるし、思考の選択肢が広がるので視野も広がり、想像力も培われ、寛容な精神を育むことにもなる。こんな楽しいことを自ら放棄する人達は、折角ホモ・サピエンスに生まれついた機会をむざむざ逸していると思う。

彼等は恐らく理屈と屁理屈の区別が出来ない様な生活環境で育って来たのではないだろうか。論理的な思考によって世界を解明し広げる楽しさを知らないまま大人になってしまったのではないだろうか。

個人的には、自ら狭い檻に自分を閉じ込めている様な彼等の態度を気の毒に思うことも有る。だがその種の人間にあれこれ指図を受けねばならない状況に落ち込んだ時には、正直堪ったものではないと思う。

対話に最後通牒は無い。~安倍昭恵氏の沖縄・高江訪問について

 現在安倍政権による弾圧が続いてい沖縄・高江の基地建設反対派の住民の方々のテントを、安倍晋三氏と婚姻関係に有る安倍昭恵氏が三宅洋平氏に伴われて訪問した件について、もう少し書いてみようと思います。現時点で入手し得る最も詳細な報告はIWJの以下の記事です。

【速報!】「現場で何が起きているか知りたかった」安倍昭恵・総理夫人が沖縄・高江を訪問!~新ヘリパッド強行建設工事に反対する市民からは戸惑いの声――IWJが追ったその一部始終 2016.8.6

 先ず以下の動画を見て下さい。三宅氏は、昭恵氏をテントに連れて来ることについて、事前に代表者の山城博治の了承を得ていると主張しましたが、山城氏の主張からは、両者の意思の疎通が不十分だったか、或いは齟齬が有ったことが伺われます。

 山城博治 昨日8/6の安倍昭恵の訪問ほか 中継iwj okinawa1



指摘その1.本土の人間の殆どには情報が伝わっていない、と云う前提で動くべき。

 この山城氏のコメントについて、2点指摘したいことが有ります。先ず1分過ぎの辺りから、昭恵氏から晋三氏を諌めると云うコメントが欲しかったと仰っていますが、「ただ見学に来た」「挨拶は無しで」と断っている相手に向かって、最初から結論有りき連帯を求める姿勢は、ともすると相手を拒絶する姿勢とも受け取られかねません。対話は先ず相手の言うことを理解しようとする努力から始まります。その最初のステップを踏もうとしている相手に向かって、いきなり性急に「もう解っているだろう、味方してくれ!」とお願いしたり、それに対して相手から積極的な反応が無いことを以て「やはりこちらからは受け入れられない!」と云う態度を見せたのでは、話が先に進みません。民主主義とは単なる結論同士のぶつけ合いではない筈です。

 昭恵氏がどれだけ高江の問題について知っているかは私は知りませんが、少なくとも、日本本土の人間の、高江に関する関心と知識は総じて低いものと考えておいた方が良いと思います。長年、沖縄を差別し軽視する習慣がすっかり染み付いてしまっていますし、マスコミは最近では寧ろ積極的に問題を無視しようとします。全国的な世論調査は見たことが無いので以下の記事を挙げておきますが、この調査では回答者47人中、実に46人が、「高江を知らない」と答えているのです。日本人の圧倒的大部分は、今、高江で何が起こっているのか、その何が問題なのか、全く知らないと云う前提で物事を考えた方が良いと思います。

 「高江」を知っていますか? 意識高い系・杉並の市民に聞いてみた

 私は所謂「意識高い系」の市民ですので、マスコミが報じなくとも、普段から「防衛局や機動隊の無法行為はけしからん!」「高江は、日本の民主主義を守る闘いの最前線だ」と熱くなっている訳ですが、私の様な人間ですら、先月の7.11(参議院選挙の翌日、建設再開の動きが始まった日)以降に初めて知ったことは沢山有ります。昭恵氏が三宅氏から紹介されて観たと云う『標的の村』も、私はつい最近まで知りませんでした。知らないことについては義憤を感じ様が無いし、連帯の仕様も無い。高江の現場に集まっている方々は、高江の問題に関しては勿論十分な知識を持っているでしょうが、日本人の大多数はそうではないのです。知識が広く共有されていないのです。

 ならば、この運動を日本全国に広げようと思うのであれば、先ずは情報の共有と拡散が必要の筈です。恐らく高江から出たことの無い方々や、高江を中心にしか動いていない方々は、その辺の感覚が本土の人間と大分ずれていると覚悟しておいた方が良いでしょう。その意味では、三宅氏の様に、現場にも行くけど、他にもあちこち足を伸ばすフットワークの軽い協力者の存在は貴重です。現場に足を運ぶことだけが運動ではない。本土に拠点を置いている人間が、高江を訪れて、自分の目で見て、聞いて、感じたことを本土に持ち帰ってくれることは、仮令それがどの様な立場の人であったとしても、歓迎すべきなのではないでしょうか。

 基地建設に賛成する人であっても、いや寧ろ基地建設に賛成する人こそ、先ず高江のキャンプを訪れてみるべきですし、またキャンプの方々は出来ればそうした人々にも積極的に門戸を開いて頂けないだろうか、と云うのが私の考えです。仮に昭恵氏ではなく、安倍晋三氏本人が高江のキャンプを訪れたとしたら、反対派の住民の方々はどうなさるのでしょうか。追い返すのでしょうか、石を投げるのでしょうか、それとも1%でも対話の可能性が拓けることを信じて、自分達の主張を平和裡に、しかし断固として彼に伝えようと努力するのでしょうか。

 安倍政権が正面から対話を拒否する姿勢を崩さないことは、誰が見ても明らかです。ですがこちらからそれに呼応する形で対話を拒否してしまったのでは、相手の思う壷です。後は最終的に武力闘争にエスカレートするまで、ひたすら力と力の応酬になります。その様なシナリオを、高江にお住まいの方々や、今高江のことを心配している方々は望むのでしょうか。仮令空しいポーズに終わるかも知れなくても、そこに対話の可能性が1ミリでも見出せるなら、民主主義社会を擁護する者としては、その可能性を頭から否定することは、してはいけない筈です。あらゆる手を尽くして対話の可能性を探るのは、民主主義社会に於ける闘争の基本です。結果を求めたい気持ちは誰でも一緒ですが、一足飛びに連帯を求めようとしても無理なのです。先ずは手順を踏まないと。



指摘その2.昭恵氏が「安倍晋三氏と婚姻関係に有る」と云う理由で排除されるのであれば、次は誰が?

 2点目。30過ぎから、昭恵氏が晋三氏の連れ合いであるから、一人の市民としては認められない、と云うことを仰っています。ですが日本に於て首相夫人、所謂「ファーストレディ」と云う存在は、公的な制度として確立されたものではありません。近年は昭恵氏の行動が目立つので、「何かファーストレディぽい」と云うだけの理由で「ファーストレディ」と呼ばれているだけです。彼女は政治家でもありませんし、公務員でもありませんし、何を代表している訳でも、何の責務を負っている訳でもありません。勿論高江の弾圧の決定を行ったのは彼女ではありませんし、「現首相の妻」(実態は仮面夫婦だと云う報道も有りますが)と云う肩書きだけで彼女が責められる謂れは無い筈です。

 勿論、彼女自身が高江の弾圧を擁護する発言を繰り返していたり、晋三氏に弾圧を進言していた場合には話はまた違って来ますが、今のところそうした情報は伝わって来ていませんし、彼女自身の何等かの具体的な言動が高江の弾圧に直接繋がっている訳ではありません。実際、今回彼女の行動を非難している人達の言い分を見てみても、その殆どは、彼女自身の言動によってではなく、彼女が現首相と婚姻関係を結んでいる人間だから、と云う理由で彼女を裁こうとしています。その人自身の言動ではなく社会的属性によって判断を下すのは、平等主義の精神に反します。その人自身の独立した個としての人格を認めていないと云うことです。

 何か犯罪事件が起こった時に、容疑者の家族が涙ながらに世間様に向かって謝罪をする、と云う風景が連想されます。自民党は先の東京都知事選で、小池百合子氏を支持した者はそれが親戚であっても除名する、などと云う前近代的な馬鹿気た布告を出して一部の市民の失笑を買いましたが、あれと同じ様な愚行を、民主主義を守って闘う側に居る筈の人間がわざわざ自分からやらかす必要なんてこれっぽっちも無い筈です。安倍昭恵氏は公人ではありません、公人と家族関係に有る多少有名な私人にしか過ぎません。

 1.で指摘した件に関しても、恐らく「彼女は普通の人より権力に近い立場に居る人間なのだから、一般の国民よりも、予め高江の問題について詳しい知識を持っていて然るべきだ」と云う批判が有り得るでしょう。彼女が安倍晋三氏に「近い」のは飽く迄私的な関係であると云う点は私的しておかねばなりませんが、それを措いたとしても、そう主張する方々は理解しておられるでしょうか、そうしたことを言い始めるのであれば、事態がここまで悪化するまで沖縄を巡る差別構造を放置し続けて来た日本本土の一般市民全員が、消極的共犯者であるとも言えることを。

 弾圧者に対して私的に近しい関係に居るのに、その問題に関して何も言わないでいるとしたら、確かにその人はその不作為の責任を問われるべき理由を持つことになります。ですがそれは程度問題なのです。昭恵氏がその不作為、詰まり弾圧への消極的加担の故に責められるべきだと言うのであれば、それは原理的に、今高江で機動隊と衝突していない日本人全てについても言えることなのです。私が今ここでこうしてこんな記事を書いているのも、ひとつにはそうした後ろめたさを、嫌な程に自覚しているからなのです。昭恵氏が排除されて然るべきだと言うのであれば、私の様に日本本土でこうやってブログやSNSで情報を拡散したり、機会が有れば周囲の人間に話をしてみたり、たまに空いた時間にデモをする程度の人間は、若し仮にこれから高江に行ったとしても歓迎されるのでしょうか? 座り込みのひとつも経験していない本土の人間なんて駄目だ、帰れ!と言われるのでしょうか?

 それでは連帯は広まり様が有りません。自分達から自分達を分断する様な真似をするべきではないのではないでしょうか。互いの違いを乗り越えて、対話を通じて共闘出来る部分を何とか探るのが、民主主義を奉じる市民の本来の闘い方でしょう。その為には相手を先ず一個の独立した人格、互いに対等な一市民として認めることです。相手の属性を見てそれを頭ごなしに拒否していたのでは、結局は民主主義の自殺に繋がります。先の都知事選でも、出馬を取り止めた宇都宮健児が密室的な今の市民運動の体質について批判しておられましたが、あれも似た様な問題です。閉鎖性は連帯の拡大と持続にとっては敵であると言えるでしょう。民主主義社会を私達の手に取り戻す為に目指すべきは、可能な限り開かれた運動ではないでしょうか。

 「日本の市民運動はもっと利口になれ」宇都宮健児氏、都知事選を振り返る



もっと心をオープンに。

 今直ぐこの状況で昭恵氏が晋三氏に何か言えるとか、言って何かが変わるとは私も考えていません。ですがどうせ変わらないなら、試してみたって良いことは有る筈です。今回昭恵氏の訪問を非難している方々は、どうかその絶望しか見えないかも知れない光景の中に、一縷の希望を見出す努力をしてみて貰えないでしょうか。どうせ実らないからと云って種を播かずにおけば、何も実り様が有りません。

 無論、昭恵氏が想像以上に策士で、今回の訪問も全て晋三氏は承知の上で、安倍政権の仕込みによって行われたのであって、後日安倍政権を擁護する為の「ガス抜き」としてのプロパガンダに利用される、と云う可能性は考えておかないとなりません。結局オバマ氏の広島訪問の様に、真逆の実情から大多数の国民の目を逸らさせる為の目くらましにかならなかった、と云う結果に終わるのであれば、その時は今回私も含めて三宅氏を支持している人達は、自らの状況判断の甘さを反省しなければならないでしょう。「敵」の狡猾さを見抜けなかったとしたら、その責任はきちんと引き受けないといけません。

 その上で改めてお願いします、自分達を分断し、傷口を拡大することに繋がる様な言動をする前に、少し立ち止まってみて下さい。「敵」を一人の個人として、独立した人格として捉える努力をしてみて下さい。民主主義を守ると云う名分の下に民主主義を破壊するかも知れない可能性についての考えを、常に頭の片隅に入れておいて下さい。ナイーヴ過ぎると云う批判は覚悟の上ですが、対話に最後通牒を作ってしまってはいけないのです。

 最後に、三宅洋平氏のメッセージを確認する為の動画をひとつ挙げておきます。昭恵氏訪問の前日にアップされたものの様です。

 三宅洋平にケチつける泰 真実

三宅洋平氏と安倍昭恵氏が沖縄・高江を訪問した件についての呟き

 一部のネット上では既に大分大変な騒ぎになっている様ですが、沖縄・高江に対する弾圧を強める現政権のトップ・安倍晋三氏と婚姻関係に有る安倍昭恵氏が、8/6(土)18時45分頃、三宅洋平氏に同行されて基地建設に反対する住民の方々のテントを訪れました。普段から沖縄問題に関心を持って高江の状況をウォッチしている人達の反応は、非難囂々、呆れと口惜しさで三宅氏を罵倒すると云うものが殆どの様ですが、私は三宅氏の行動を擁護する立場から少しTwitterで何度か連投を行いました。別に改めて記事を書く積もりですので、その前に主要な呟きを纏めておこうかと思います。


連投その1

 ‪三宅洋平‬氏が最初に‪安倍昭恵‬氏と会った際、私は「殆どのリベラルには出来ない芸当」だと評価しましたが、今回また明恵氏が三宅氏を訪問した際の周囲の反応を見てみると、やはりこう云う仕方での敵陣営との接触は三宅氏でなければ出来ないのだろうと思います。
 敵側とは敵対するのが当たり前だし、筋を通したいならそれが当然であると、理屈を重視する人間は考えるでしょう。斯く言う私もそう。でも三宅氏の場合、敵を包摂して口八丁で心を開かせて、本当に対話の道を拓いてしまうかも、と期待させてくれるところが有ります。
 なので三宅氏の行動については今はこれで良いかと思います。同じ国民同士、ガンガン敵対と分断を拡大させて行く遣り方は皆がやってます。一人位違うことをやってたって良い。
 戦略に多様性は大事だし、「そんなことやらなくても勝てる!」と言える程、今の私達は強大ではない。第一、脊髄反射的に異分子を排除するのは、民主主義の精神に反する。闘いは大事ですが、作らなくても良い敵を増やす必要は無いでしょう。


連投その2

 まぁ‪三宅洋平‬氏の今回の略スタンドプレーに関しては状況の一部しか報じられていないので、今後三宅氏側からどの様な報道が有るか、どの様な動きが予定されていたのかと云うことが判明するまで、大した判断は出来ないでしょう。
蓋を開けてみたら結局オバマ氏の広島訪問的なものでしかなかった、と云うのであれば、私も少し三宅氏の評価を改める必要は有るでしょうが、何れにせよ事前の根回しの薄さは否めないでしょうね。
 この「根回しの薄さ」と云うのも一面では魅力ではあるのです。「舞台裏」を敢えて作らず、その場その場で真剣勝負を行ってくれる、と云うことだから、純粋な想いを託したい層は共感し易い。「そんな甘っちょろいことを」と言われそうではありますが仕方が無い。


連投その3

 私も昭恵氏のことは良く知らないし、今後の展開がどうなるかにも依るので、現時点で彼女の評価を定めてしまう積もりはないのだけれど、今回昭恵氏を非難している人達は、彼女自身の言動によってではなく、彼女が「弾圧者の妻である」と云う属性で裁いてしまっている。
 これは少なくとも民主主義社会を担う市民としては、フェアな批判の仕方ではないでしょう。
 先の選挙で自民党が「小池氏を応援したらそれが親族でも除名処分」などと云う前近代的なルールを持ち出して来て「北朝鮮かよ!」と失笑されたのは記憶に新しいですが、反安倍派まで「個人の罪は一族郎党まで及ぶ」みたいなことを言い出してどうするのですか。
 確認しておきますが、昭恵氏が「現首相と婚姻関係に有る」と云う理由から社会的影響力を持つ様になっているのは事実ですが、それには何等公的な権力の裏付けが有る訳ではないし、彼女は何を代表している訳でもないし、何の公的責務を負っている訳でもない。
 政界進出経験も無く、また今後政界に進出する予定も無い。夫を支持する様な言動はして来たかも知れませんが、彼女の行動は、飽く迄一市民の行動として捉えてあげないとフェアではないでしょう。
 彼女自身が高江での弾圧を正当化し、沖縄市民を愚弄したり非難したりする様な言動を繰り返して来たのならまた話は違うかも知れませんが、今のところそう云う話は耳に入って来ない。
 ならば彼女が高江に来たこと自体で責められるべきだと云う主張は、凡そ民主主義的ではないと私は考えます。
 そもそも、何故今井絵里子氏には「沖縄に来い!」と怒っておきながら、昭恵氏に対しては「沖縄に来るな!」なのですか。どうせならそこは「旦那と一緒にもう一回来てくれ!」と伝えるべきとろこではないのですか。
 高江で起きていることについてどの様な見解を持っている人であろうと、日本人は全員高江に行って、そこで繰り広げられている現実を直視すべきだと私は考えます。物理的にはともかく、心構えとしてはそうあるべきではないかと。
 ネトウヨだって安倍支持者だって高江で何が起きているか知るべきだし、勿論安倍晋三氏だって、いや寧ろ安倍晋三氏こそ率先して、高江に行って反対派のキャンプの中に足を運ぶべきではないのですか。
 安倍政権に対話を行う意思が無いことははっきりしています。だからと云って売り言葉に買い言葉で、反対派の方からも対話への可能性を潰してしまってどうするのですか。こちらから武力衝突でも望むのですか。
 それに対話や交渉や歩み寄り無しで、全面衝突だけで勝てるとでも云うのでしょうか。戦略的にも狭隘な了見だと思います。勝つ為にはあらゆる手札を揃えておく、その覚悟と具体的な準備が必要でしょう。感情は大事ですが、憎しみだけでは差別には勝てない。
 その辺の包摂性への道筋のひとつを三宅氏と昭恵氏が用意してくれた、と考えることが何故出来ないのか、何故敵対感情の赴く儘に想定他者(仮想敵)を自分から排除してしまうのか、その辺が私にはどうにも納得が行きません。
 昨日も呟きましたが、「対話に最後通牒は無い」。自分から対話を拒絶した時に初めて、対話は「不可能」に成る。今のリベラル派はそれで失敗を繰り返して内ゲバの果てに弱体化して来たのではないですか。
 普段は理屈を重視している様で、肝腎なところで自分に制御出来ない感情に振り回されて分断して自滅する。私自身への反省も含めて、良識派を自認する人達がそうした愚行を積み重ねて来た果てに、今の安倍反知性勢力の跳梁跋扈が有るのではないでしょうか。
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川流桃桜

Author:川流桃桜
一介の反帝国主義者。
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